アルツハイマー病で脱落する大脳皮質神経細胞は、強制的な細胞周期進行シグナルにより細胞死を起こすが、脳室上衣腫を形成する大脳前駆細胞は強制的な細胞周期進行シグナルにより過増殖する。この細胞周期シグナルへの応答性の違いを理解することが、神経変性疾患と脳腫瘍の発症機構の統合的理解に重要である。本研究では、大脳皮質神経細胞の分化過程で、「増殖する性質」から「細胞死を起こす性質」へと時空間的に変化するメカニズムを解明する。昨年度までの研究で、癌抑制遺伝子Rbとそのファミリー遺伝子(p107とp130)を大脳皮質前駆細胞で急性不活化させると、幼若神経細胞が増殖したが、大脳皮質前駆細胞は細胞周期から離脱せずに、細胞分化を開始することが明らかになった。すなわち、Rbファミリーを欠損した大脳皮質神経細胞は、細胞増殖と細胞分化を同時に進めることが示唆された。一方、Rbファミリーを幼若神経細胞で急性的に不活化させると、細胞周期をS期へと進めるものの、G2/M期へと進行しないことが明らかとなった。本年度の研究では、神経細胞の増殖と分化を同時に進行させるメカニズム解明をめざして、Rbファミリーを前駆細胞で不活化させたときと、幼若神経細胞で不活化させたときの遺伝子発現プロファイルをマイクロアレイ解析により検討した。その結果、増殖と分化を同時進行する場合のみ、DNA修復関連遺伝子群の発現が上昇し、実際、DNA二重鎖切断のマーカーgH2-AX陽性細胞が顕著に認められた。さらに、DNA二重鎖切断修復経路の活性化に必須のATM/ATRに対する阻害剤の添加により、幼若神経細胞の増殖が抑制されたことから、神経細胞の増殖と分化の同時進行には、DNA二重鎖切断修復経路の活性化が必須であると示唆された。今後は、DNA二重鎖切断修復経路の活性化メカニズムを明らかにし、神経細胞が増殖能を失うメカニズムを明らかにする。
|