研究課題
本年度は、以下2項目について重点的に研究を行った。(1)微量クロマチン免疫沈降(ChIP)法のさらなる改善について昨年度までに初期胚などの微量サンプルを用いて、ゲノムの修飾状態を解析するChIPが可能であること、ゲノム増幅を行うことによってマイクロアレイなどのゲノムワイドな解析が可能であることを明らかにした。本年度は、これらのサンプルをさらに次世代シークエンサーに供することができるか検討した。材料として、25個の胚盤胞期胚を用いて(2000個の細胞数に相当)、active遺伝子のマーカーであるヒストンH3リジン4トリメチル抗体を用いてChIPを行った。得られたゲノムを増幅後、次世代シークエンサーによる配列解析を行ったところ、初期胚において活性化をしている遺伝子(Oct4、Nanogなど)の転写開始点付近に明らかなピークが見られ、また、house keeping遺伝子であるGapdhとその周辺遺伝子領域については、明確な蓄積が観察された。従って、本手法は次世代シークエンサー解析にも用いることが出来る信頼性の高い技術であることが明らかとなった。(2)体細胞クローン(SCNT)胚における遺伝子発現の異常とその改善についてSCNT胚では、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤であるトリコスタチンA(TSA)処理によって、その発生が大幅に改善することが知られている。昨年度までの研究において、SCNT胚における胚性遺伝子の内、TSA処理により転写因子の発現抑制が改善されることが明らかになった。本年度は、それらの転写因子の合成RNAをSCNT胚に導入することによって、発生が改善するか否かを検討した。合成RNAを胚性遺伝子の活性化が起こる前核期胚で細胞質内に導入したところ、4細胞期以降の発生率が有意に上昇した。さらにRNA導入により改善した遺伝子を解析したところ、mRNAプロセシングなどのパスウェイに関与する遺伝子群の発現が改善していることが明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
(1)微量ChIP法の改善について微量ChIPについては、通常10,000,000個程度の細胞数が必要であるとされてきたが、初期胚などの貴重なサンプルを本法に適用するためには、必要とされる細胞数を大幅に減らすことが鍵となる。本手法において使用した細胞数は2000個程度であり、受精後5日目の胚盤胞期胚の場合には25個程度に相当する。これは核移植などの人為的操作した胚を用いた場合でも実用的な数であると言える。さらに今年度は、本手法によって得られたこれらのサンプルがマイクロアレイや次世代シークエンサーなどのゲノムワイドな解析に用いることが可能なレベルの質で維持されていることが明らかとなり、これまで抗体染色などの限られた手法で観察されてきた初期胚のエピゲノム解析に重要な役割を果たすことが期待される。(2)SCNT胚における遺伝子発現の異常とその改善についてTSA処理によりSCNT胚の発生が向上することは岸上らの報告(2006)以降広く知られているが、その理由については未だ不明な点が多かった。本研究は、それを遺伝子発現の点から明らかにしようとする試みであり、我々が開発した初期胚の遺伝子発現マイクロアレイ解析を用いて行っている。その結果、TSA処理をしたSCNT胚では、卵子活性化後に発現上昇する胚性遺伝子の中でも転写因子の発現が改善しているという、新たな事実が明らかとされた。さらに、人為的に遺伝子を導入することによるSCNT胚の発生改善も観察されており、これまでに報告の無い重要な成果であるといえる。本結果は今後家畜などの他動物種にも応用可能な成果であり、これにより当該研究の大きな目的の一つを達成したと言える。
次年度以降における本研究の方向性としては以下の点を重点的に遂行する予定である。(1)微量ChIP法の改善について第一に、現在限られたヒストン修飾でのみしか成功していない本法を複数の抗体に対応可能な技術となるよう汎用性を広げていく予定である。これまでに試験を行ったのはヒストンH3リジン4トリメチル、リジン9ジメチル抗体などごく限られた修飾であるが、その他のヒストン修飾や、ヒストンバリアントなどより広い範囲で、かつ質を保ちながら解析できるよう、本手法を改善していくことが第一であると考えている。受精後の発生初期はエピゲノムの変化が激しい時期であり、これまでは免疫染色のみでしか解析できなかった変化をよりゲノムワイドに解析できるよう、さらに発展させていきたいと考えている。最終的には人為的操作を施しているSCNT胚などの解析に繋げて行くことを予定している。(2)SCNT胚における遺伝子発現の異常とその改善について来年度は、ここまでの成果を学術誌に投稿することで広く世間に公表していきたいと考えている。TSA処理によりSCNT胚における転写因子の発現が改善されるという結果はこれまでに報告のない内容であり、採択は可能であると推測している。さらに、今後はその他の候補遺伝子の探索やこれらの転写因子が制御する下流遺伝子の同定も行っていく予定である。下流遺伝子については、初期胚を材料として用いるため生化学的な解析は困難であることが予想されるが、遺伝子発現解析の結果と併せることで、in silico解析から詰めていくことが可能であると考えている。
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