骨格筋は、収縮速度や代謝特性の違いによって、速筋と遅筋に大別される。特に遅筋は、姿勢保持のため持続的に活動するため、高いエネルギー代謝能を保有する。本研究では、速筋または遅筋に特有のヒストン修飾ならびに転写制御機構の検索を実施した。クロマチン免疫沈降法を用いて、活性型のヒストン修飾であるH3K4me3やアセチル化ヒストンの分布を、速筋または遅筋で転写が活性化されている遺伝子座で調べた。速筋で多く発現する遺伝子の転写開始点付近ではこれらの活性型ヒストン修飾が顕著に認められたものの、遅筋では遺伝子発現と活性型ヒストン修飾には関係が見られなかった。協働筋腱の切除により速筋である足底筋をoverloadした場合、遅筋遺伝子の発現が増加したが、活性型ヒストン修飾には影響はなかった。以上の結果から、筋活動量の増大による遺伝子転写は活性型ヒストン修飾を伴わずに引き起こされることが示唆された。 更に、坐骨神経切断による不活動の影響も検討した。神経切断により、速筋・遅筋の両方でヒストンのアセチル化が誘導された。しかし速筋においては、遺伝子転写開始点付近のヌクレオソーム形成が抑制されており、RNAポリメラーゼの動員も顕著に減少した。遅筋では有意なエピゲノム変化は認められなかった。以上のような影響は、ヒストンのアセチル化のみならず、不活動による転写制御全体の変化が影響した結果である可能性があるため、バルプロ酸投与によるヒストンアセチル化誘導の影響も検討した。その結果、ヒストンアセチル化量の増大に伴い、速筋・遅筋の両方で転写開始点付近のアセチル化ヒストン分布とRNAポリメラーゼ動員が増大した。このような影響は、速筋において特に顕著であった。以上の結果から、遅筋の遺伝子座はエピゲノム変化を起こしにくく、活性型ヒストン修飾を伴わずに遺伝子転写が起こる原因のひとつであると示唆された。
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