抗生物質の環境中への流入には、ヒ素による水環境汚染を助長する新たなリスクが潜在するが、これまでにその可能性に着目した研究は報告されていない。本研究では、微生物によるヒ素の可溶化/不溶化に及ぼす抗生物質の影響を解明し、そのリスクを詳細に評価することを目的としている。 抗生物質の影響によってヒ素の可溶化が生じやすい環境条件を明らかとするために、湖沼底泥を用いたマイクロコズム試験を行った。その結果、有機物および栄養塩が豊富な条件では、抗菌スペクトルの広い一部の抗生物質(クロラムフェニコール等)によって亜ヒ酸塩酸化が阻害され、抗生物質を添加しない対照系に比べて液相中ヒ素濃度の増加が確認された。一方、栄養制限条件下では、実験に供したいずれの抗生物質添加系でも、亜ヒ酸塩酸化の阻害は見られず、液相中ヒ素濃度の増加も確認されなかった。16S rRNA遺伝子及び亜ヒ酸塩酸化遺伝子(aioA遺伝子)等を対象としたクローンライブラリ法により、系内の細菌相をモニターした結果、液相ヒ素濃度によって優占する亜ヒ酸塩酸化細菌等が異なる可能性が示唆された。また、有機物添加系に比べ非添加系では、底泥からのリン、鉄、アルミニウム等の溶出が見られ、栄養条件の違いによって異なる細菌群が活動していることが示唆された。以上の結果から、高栄養性及び低栄養性の亜ヒ酸酸化細菌群が環境中に常在し、ヒ素の溶出抑制に寄与している一方で、それらの抗生物質への感受性が大きく異なる可能性が示唆された。
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