研究概要 |
前年度までの研究成果によりEtMe3Sb[Pd(dmit)2]2の常圧スピン液体状態が示すNMR緩和率を確定させることに成功した。この物質はMott転移近傍に位置しており、弱いMott絶縁性がスピン液体実現のための重要な要素だと考えられる。前年度までの成果を発展させるため、EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2の圧力下NMR測定を行い、Mott転移時におけるスピンダイナミクスの解明を目指した。 この目的のため、4,5,6,7,15kbarの5圧力における13C-NMRスペクトル、スピン‐格子緩和率1/T1、スピン‐スピン緩和率1/T2を測定した。Mott境界は5~6kbarにあるが、Mott境界直前まで磁気秩序を伴わないスピン液体状態が実現することを明らかとした。ただし、この物質においてMott境界線は明確な1次転移として現れず、低温までクロスオーバー的な性質を持ち得ることを指摘した。そして、このクロスオーバー領域において、1/T1、1/T2の温度依存性が大きく異なる特異な振る舞いを見出した。この両者の解析から、Mott境界ではkHz程度のダイナミクスが特異的に増大していることを見出した。このような低周波数ダイナミクスは、通常の電子系では考えられない。この特異的なダイナミクスを説明するためには、ランダムネスによりMott転移が不均一化し、結果として電子グリフィス相と呼ぶべき相が実現している可能性があることを提案した。この観点は、この物質における圧力下Mott転移の特異性を説明するだけでなく、現在議論されている常圧スピン液体状態の励起構造が実験プローブにより見え方が異なるという問題に対しても解決の糸口を与えるものである。
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