研究概要 |
水溶液中に存在する生体分子は,多数の水分子に取り囲まれている.生体分子の構造や機能発現機構を明らかにするためには,生体分子を取り囲む水分子の水和構造や水素結合の動的な解離と生成,及びそれに伴う水和ネットワークの組み換えを考慮に入れなければならない.本課題では,真空中にに空間捕捉された水和生体分子イオンの温度制御を行い,レーザーを用いた分光実験と熱力学量の測定を行う.分光実験によって得られる微視的な構造盾報と熱力学量の測定によって得られるマクロな情報を相補的に生かし,水和生体分子イオンに対する水分子の動的な役割を明らかにする. 本年度は,生体分子イオンを真空に取り出すための要素技術であるエレクトロスプレーイオン化源の開発,および,水和生体分子イオンの質量選別を行うための質量分析装置の開発を行った.まず,エレクトロスプレーイオン化源の開発では,溶質分子から溶媒分子を効率よく脱離させるため,溶液エミッターおよび脱溶媒室の最適化を行った.また,真空に取り出したイオンの質量分布を簡便にモニターする目的で,簡易型の飛行時間型質量分析計を製作した.エレクトロスプレーによって生成した水和生体分子イオンをそのままイオンタラップに捕捉すると,イオンの空間電荷反発が原因で,大量のイオンをトラップ中に捕捉できない.この問題点を解決するために,イオントラップの前段に高分解能の四重極質量分析計を設置した,上述した新規装置の性能テストを行い,、当初の目標としていた性能が達成されていることを確認した.また,水和クラスターの赤外分光を行い,クラスターの水和構造が動的に揺らいでいることを初めて見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,交付申請書に記載した事項である,エレクトロスプレーイオン化源の開発,および,水和生体分子イオンの質量選別を行うための質量分析装置の開発を行い,目標としていた性能を引き出すことができた.また,水和クラスターの赤外分光を行い,水和構造のゆらぎに関する情報を実験結果に基づいて,明らかにすることができた.
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今後の研究の推進方策 |
今年度の研究で開発したエレクトロスプレーイオン化源,および,水和生体分子イオンの質量選別を行うための質量分析装置を用いて,水和生体分子イオンの空間捕捉,および,その温度制御実験を行う予定である.特に,比較的低分子量のポリペプチドイオンに注目し,温度制御されたポリペプチドイオンの2次構造を明らかにする.また,サイズ選別及び温度制御された水和生体分子イオンの熱容量を気相で測定する.振動分光と熱容量測定という異なる2つの測定から得られる情報を相補的に生かすことで,ポリペプチドの構造変化に対する水の動的な役割を明らかにする.
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