光の位相を利用して物質の状態を制御する手法を光コヒーレント制御と呼ぶ。例えば、分子の化学反応や固体の相転移を光によって制御しようとする試みであり、光科学と物質科学の融合分野として注目を集めている。過去十余年の間に、可視波長域の超短パルスを利用したコヒーレント制御実験が精力的になされたのに対し、本研究では、中赤外光による分子コヒーレント制御を主題とした。電子励起を起こすのではなく、電子的基底状態において、分子振動や格子振動を共鳴励起することにより、核波束が反応障壁を乗り越えるよう誘導するアプローチである。本研究では特に、電場波形の制御された中赤外光波を利用して、多原子分子の核の動きを自在にコントロールする手法を開発することを目的とし、以下の実績を得た。 実績I.中赤外光パルスの波形整形による高振動励起…核波束が反応障壁を乗り越えるためには、分子振動を強く駆動する(高い量子数まで励起する)必要がある。我々は、理論解析により、分子の高振動励起を可能にする赤外パルス波形を明らかにした。実験においても、群遅延の導入により、励起効率を40倍以上に向上させることに成功した。 実績II.二振動自由度系の励起効率制御…興味の対象となる分子の多くは、三つ以上の核をもつ多原子分子である。多原子分子の反応を扱うためには、複数の振動自由度を相関させつつ強く励起することが必要である。我々は、中赤外パルスの波形整形を利用し、二振動自由度系を対象として、一自由度ごとの高振動励起と経路間干渉の操作の同時制御に成功した。 実績III.コンパクトな中赤外光源の開発…次世代の赤外分光・コヒーレント制御を支える、小型・高安定な中赤外パルス発生システムの開発を進めた。本年度は、モード同期Ybファイバーレーザーのチャープパルス増幅システムを共同研究によって開発し、パルスエネルギー30nJ以上のフェムト秒パルス発生を実現した。
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