これまでの研究において,高密度の電流印加により疲労き裂の発生を遅延させることに成功した.また,この要因として疲労負荷により累積した転位密度の減少に起因していることを実験的に明らかにした.そこで,本研究では,高密度の電子流衝突により累積した転位が消滅するメカニズムを明らかにし,転位累積モデルを構築することによって,き裂発生までの残存寿命を定量的に評価することを目的とした. これまで観察された転位密度の減少は異なる観察位置における透過型電子顕微鏡(TEM)画像から判断されたものであった.そこで本実験において,TEM観察用に作製した試料に対し直接に電流印加処理を施し,電流印加処理前後の同一試料・同一点における転位を観察することで,電流印加が転位の消滅に及ぼす影響を評価した.その結果,加熱による温度上昇および熱圧縮応力の付与によって転位の消滅は観察されなかったこと及び,電流を逆向きに流すと転位が逆向きに移動したことから,電流印加による転位の消滅に関しては,電子が金属原子に衝突する際に発生する電子風力と呼ばれる力が支配的な要因であることが示された.また,転位が消滅したメカニズムについて,転位の消滅は材料内部のひずみエネルギーを減少させるため,転位構造を形成している刃状転位が対消滅した結果であると考えられる. 一方,転位が増殖することで材料内部のひずみエネルギーが増加し,それが臨界点に達することで疲労き裂が発生すると言われている.そこで,転位論に基づき転位累積モデルを構築することによって,転位密度と疲労寿命の関係を定量的に評価した.その結果,実験結果と解析結果は良い一致を示し,転位密度の減少によって,疲労き裂の発生が遅延することを定量的に示した.
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