研究概要 |
東アジア人における農耕あるいは遊牧への生物学的適応の証拠を見つけるべく、生活習慣病・代謝異常に関与する遺伝子の多型・変異を、約5,000人分の東アジア人のDNA試料を用いて遺伝疫学的・集団遺伝学的に解析した。平成23年度は遊牧民族であるモンゴル人のゲノムワイドハプロタイプ地図の作成準備を進めると共に、幾つかの候補遺伝子について詳細な解析を行った。その中でも、細胞内シグナル伝達に関与する偽キナーゼとして知られるTRIB2の遺伝的多様性を日本人3,013人について調査し、TRIB2遺伝子の3非翻訳領域に存在する一塩基多型(SNP)が、腹囲周径・内臓脂肪面積と強く関連することを見出した。さらに、パイロシーケンシング法によってTRIB2遺伝子領域の多型・変異検索を行ったところ、同SNPはTRIB2遺伝子のポリA付加シグナル近傍の、進化的に保存された領域に存在する2塩基の挿入/欠失多型と強く連鎖しており、TRIB2の転写量に影響を与えていることが明らかになった。さらに、東アジア人集団におけるTRIB2遺伝子周辺のSNPハプロタイプ情報を精細に調査したところ、腹囲周径・内臓脂肪面積と強い関連をしめしたSNPを含むハプロタイプ群に正の自然淘汰が作用したことを支持する証拠を見出した。このような正の自然淘汰の痕跡はアフリカ人・ヨーロッパ人のゲノムには認められず、TRIB2遺伝子に作用した自然淘汰は東アジア人特異的であると考えられた。興味深いことに、正の自然淘汰によって頻度が上昇していたのは、より小さい腹囲周径・内臓脂肪面積と関与する"痩せ型"のアレル群であり、これはTRIB2遺伝子が乏しい食料資源を効率的に脂肪として蓄えるための、いわゆる"倹約遺伝子"としてではなく、別の生物学的意義によって自然淘汰の標的となったことを示している。
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