研究課題/領域番号 |
23689012
|
研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
掛川 渉 慶應義塾大学, 医学部, 講師 (70383718)
|
研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2014-03-31
|
キーワード | 神経科学 / 生理学 / 生体分子 / アミノ酸 / シナプス |
研究概要 |
アミノ酸は、我々の生命活動を担う重要な分子であり、生体を構成するアミノ酸のほとんどがL型アミノ酸(L-アミノ酸)として機能している。しかし、近年になって、L-アミノ酸の光学異性体であるD型アミノ酸 (D-アミノ酸) も生体内に存在することが分かり、中でも、脳内に豊富に存在していることが明らかになってきた。そこで本研究は、脳内に存在するD-アミノ酸のひとつ、D-セリンに着目し、シナプス機能および記憶・学習過程におけるD-アミノ酸の関与についてその理解を深めることにした。具体的には、研究代表者らが見出した、発達期小脳におけるシナプス可塑性 (シナプス伝達効率の可塑的変化) と運動記憶・学習を制御する新しいD-セリン→デルタ2受容体シグナリングについて解析を進めた。 まず、小脳シナプス可塑性を制御するデルタ2受容体の分子機構を明らかにするため、デルタ2受容体細胞内最C末端領域を欠く変異型デルタ2受容体を発現させた変異マウスおよびデルタ2受容体最C末端領域に結合するチロシン脱リン酸化酵素(PTPMEG)の発現を欠く遺伝子欠損マウスよりシナプス可塑性記録を行うと、両マウスにおいてその障害が認められた。次に、PTPMEGの基質となりうる分子群を生化学的に追究すると、そのひとつとしてシナプス可塑性の実行系に働くAMPA受容体が同定された。また、興味深いことに、PTPMEGによるAMPA受容体の脱リン酸化修飾を阻害すると、野生型マウス標本においてもシナプス可塑性が顕著に阻害されることがわかった。これらの結果から、デルタ2受容体は、PTPMEGの活性/局在を制御することで小脳シナプス可塑性誘導を促す「ゲートキーパー」として働いていることが示唆された。今後、この分子シグナリングがD-セリン→デルタ2結合により促進されるか否かについて解析を進めていきたい。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度は、平成23年度に引き続き、D-セリン→デルタ2受容体シグナリングの分子メカニズムの解明を大きな目標とし、電気生理学・生化学的手法を用いて研究を進めてきた。その結果として、デルタ2受容体が関わるシナプス可塑性制御機構の一端を見出すことに成功した (Kohda*, Kakegawa* et al., PNAS, 2013; *共同筆頭著者)。これまでに得られた所見は、本研究課題の最終目標達成のための重要な情報となり、今後本研究を進める上で大きな足がかりになり得るものと確信している。したがって、本研究課題の研究目標の解明にむけて、現段階においておおむね順調に進展していると言える。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究は、小脳シナプス可塑性および運動記憶・学習をささえる新規D-セリンシグナリング (D-セリン→デルタ2受容体シグナリング) を対象とし、[課題1] 分子機構の解明と、[課題2] 制御方法の確立をめざす。本年度は、これまで着手してきた [課題1] の実験結果を踏まえ、[課題2] を進める。 [課題2] では、これまで得られた実験結果をもとに、新規D-セリンシグナリングを活性化させる制御法を見出し、成熟・老齢マウスの運動学習能の亢進を図る。具体的には、成熟・老齢マウスにおいてD-セリンを積極的に分解しているD-アミノ酸分解酵素 (D-amino acid oxidase; DAO) を、遺伝学および薬理学的に阻害し、D-セリン→デルタ2受容体シグナリングの活性化を促す。成熟・老齢マウスの小脳依存性運動学習能は、ローターロッドテスト・瞬目反射学習課題に加え、水平視運動性眼球反射課題 (horizontal optokinetic response; H-OKR) で評価する。 上記結果とこれまでの結果を総合的に評価し、D-セリン→デルタ2受容体シグナリングの機能的重要性を明らかにする。 尚、現段階において、研究計画の変更を強いられるような大きな問題点は生じていない。
|