成体の脳神経回路が生涯にわたって安定して機能し続けるには、神経回路の根幹であるシナプスの機能が不用意に変化せず維持される必要がある。ヒトにおいては、健常な脳はおよそ100年にも渡りその機能を維持し続け、驚くべき長期安定性を示す。しかしシナプスはシナプス可塑性によりダイナミックな変化を示すことが知られている。増強と抑圧の動的バランスだけでは、シナプス機能を維持するにはあまりに不安定であり、シナプス維持を特異的に担う分子機構の存在が期待される。しかしながら、いまだ十分な知見は得られていない。古来より、「勘が鈍る」という、適切な入力の中断による脳機能の低下を示唆する概念が存在する。申請者らは、この概念を脳における持続的経験入力依存的なシナプス維持機構という、実験的に検証可能な課題に翻訳し研究に着手した。 本年度も引き続き、感覚入力が成熟動物におけるシナプス維持に与える影響を明らかにするための研究を、大脳皮質カラム内の代表的投射である第4層-第2/3層投射を対象として行った。神経回路形成が完了した成熟マウスのヒゲを切除することにより、大脳バレル皮質の対応カラム内において、放出確率が低下することを昨年度までに確認している。本年度では、後シナプス側の感受性(伝達物質受容体密度)の解析を行い、ヒゲ除去の影響が無いことを確認した。つまり前シナプス機能の維持が重要であることが示された。これまでの研究成果をまとめた論文については、既に大部分を執筆しており、投稿準備を進めている。また、シナプス維持におけるアストロサイト機能解析を進めるなかで、アストロサイトにおけるイノシトール三リン酸シグナルが、脳外傷時の神経保護作用に関与することを見い出し、この成果を論文として発表した。
|