研究概要 |
細胞膜イノシトールリン脂質(PI)のなかでも細胞外からの刺激に応じて産生されるPI(3,4,5)P3やPI(3,4)P2は細胞運動やがん細胞の浸潤に重要であるが、マクロファージや破骨細胞が、それぞれ浸潤または骨吸収する際に基質との接着面に形成するアクチンに富んだ構造、ポドソームの形成過程でも、これらのPIは中心的役割を果たしていることが知られる。PIとその下流分子の機能を詳しく解析することで、細胞が持つ浸潤形質の獲得・制御機構を明らかにしたいと考えた。そこで破骨細胞分化をモデル系とし、PIの下流で働く分子をスクリーニングしたところ、アダプター分子Tks5が抽出された。Tks5は、破骨細胞分化の過程で発現量が上昇すること、その発現上昇を抑制すると、破骨細胞への分化は正常に進行するものの、破骨細胞どうしの融合が阻害されることを見いだした。Tks5の局在や細胞極性の解析、Tks5の結合タンパクの網羅的解析から、破骨細胞の融合過程では、細胞膜の融合面における局所的なPI3-キナーゼの活性化→Tks5を含む機能分子群の集積とSrcによるTks5のリン酸化→ポドソーム形成→細胞融合という現象が起きていることが示唆された。Tks5は、がんの悪性化プロセスである上皮-間葉転換でも発現が上昇し、このとき作られる浸潤突起(インベードボディア)の形成にも関与していることから、細胞どうしの融合と細胞外基質への浸潤とには、共通の原理が働いている可能性があることに気がついた。実際、がん細胞がインベードボディアを形成する条件で破骨細胞と共培養すると、破骨細胞-がん細胞のハイブリッド細胞が形成され、このことはがん細胞にできるインベードボディア形成に依存していることが明らかになった。本課題では、生理的な破骨細胞融合と、病理的ながん細胞浸潤との間に共通するメカニズムがあることを示した点に独創性があり、がんの悪性化と細胞融合が密接な関わりがある可能性を示した点で重要である。
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