臨床がん組織の染色観察により、非常に稀ではあるが、マクロファージ-がん融合細胞が存在することが示唆された。こうした融合細胞の性質を調べる始めのステップとして、マクロファージの機能や破骨細胞分化のマスター転写因子であるNFATc1に注目した。NFATc1は破骨細胞またはその前駆細胞において発現及び活性化が必要十分であるが、多くのがん細胞では発現が認められない。融合細胞においては、がん細胞とマクロファージや破骨細胞の核と細胞質が共存するため、がん細胞の核はNFATc1の影響を新たに受けることになる。この状況を模倣するために、恒常的活性化型NFATc1 (NFATc1CA)の発現を薬剤(Dox)により誘導できる乳がん細胞株 (MCF7-NFATc1CA)を樹立し、遺伝子発現や浸潤能獲得への影響を調べた。その結果、以下の知見を得た。(1)NFATc1CAの発現を誘導すると、もともと非浸潤性であるMCF7細胞は、浸潤能を獲得する。(2)NFATc1CAは、MCF7細胞にSnailやZeb1などの上皮-間葉転換に関与する転写因子の発現を誘導し、細胞間接着分子であるE-cadherinの発現を転写レベルで抑制する。(3) この細胞をヌードマウスへ皮下移植し、Dox入りの餌を与えNFATc1CAの発現を誘導した個体では腫瘍が皮下に生着し、ある程度まで増殖した。しかし通常の餌を与えNFATc1CAの発現を誘導していない個体ではほとんど生着しなかった。(4) NFATc1CAの発現を誘導したMCF7細胞由来の腫瘍は、腫瘍の辺縁部において周囲の組織への浸潤が認められた。このことは、浸潤能を持たない正常上皮細胞や原発部位のがん細胞は、破骨細胞、マクロファージやその前駆細胞と融合することで生存に有利になったり、浸潤能を獲得する可能性があることを示している
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