高臨場感バーチャルリアリティシステムを実現する上で聴覚情報は極めて重要なファクターである。高臨場感音再生技術を実現するための有望なアプローチとして,音源から両耳までの音響伝達関数を表す頭部伝達関数(HRTF: Head-Related Transfer Functions)を用いた聴覚ディスプレイ(VAD: Virtual Auditory Display)があるが,聴覚ディスプレイの高精度化にはヒトの頭部・耳介形状に起因するHRTFの個人差を補償する必要がある。そこで,本研究では,HRTFの生成メカニズムを明らかにしVADで使用されるHRTFを各受聴者個人に対して最適化するための知見を得るために,耳介周りの音場の数値解析及び拡大模型による測定の両面からより詳細な検討を行った。本研究の主な成果は下記の通りである。 磁気共鳴画像を用いて被験者1名の耳介モデルの作成を行い,HRTFの計算値と実寸大モデルを用いた実測値の比較の結果,約16kHz以下の帯域で両者が良好に一致した。一方、5倍拡大モデルを作成し、HRTFの測定を行ったが、実寸大モデルによるHRTFと一致する結果は得られなかった。しかし,実寸大モデルの計算値と実測値は良好に一致しているため、計算値は一定の妥当性を有すると考えられる。数値解析と耳介モデルを用いて耳介近傍音場(耳介表面音圧分布)と外耳道入口におけるHRTFを算出した結果、特に高域においてHRTFの値が,外耳道入口近傍に設置する受音点のわずかな違いによって大きく変化することが示唆された。また,耳介の一部分を吸音性とした数値解析の結果,吸音性を付与することでHRTFの特性及び耳介表面の音圧分布に変化が生じ,特に耳介上部の構造がHRTFの特性に影響を及ぼすことが確認され,HRTFの個人性を生じさせる主な要因の1つであることが明らかになった。
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