研究課題/領域番号 |
23700279
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
山下 祐一 独立行政法人理化学研究所, 情動情報連携研究チーム, 客員研究員 (40584131)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | ニューラルネットワーク / 病態認知神経科学 / 統合失調症 / 意思作用感 / 計算論的神経科学 / ロボティクス |
研究概要 |
本研究は、行為の意思作用感(sense of agency)のメカニズムをロボット成論的アプローチにより理解することを目的とした研究である。意思作用感の異常が、人が柔軟で多様な行動を生成するために欠かせない予測運動制御システムの機能的な階層性の異常に関連する、との計算論的モデルを提案し、その妥当性をロボット実験で検証しようとする。提案した計算論的仮説を検証するため、予測運動制御システムの神経回路モデルのプログラムを作成した。さらにその神経回路モデルがロボットの行動を制御し、実際の物理環境において、物体の位置や行動の順序に応じた複雑なルールに従う認知行動タスクを行わせた。その結果、ロボットが認知行動タスクをこなすためには、機能的な階層性を備えた予測運動制御システムにおけるトップダウン的予測とボトムアップ的修正のスムーズな相互作用が欠かせないことを確かめた。またこの階層間の相互作用のメカニズムは、計算論的には予測エラーの最小化という単一の計算原理によって達成できることを確かめた。この結果は、「脳の基本的な計算原理が予測エラーの最小化である」という近年提案されている有力な計算論的神経科学の仮説と一致するものであった。初年度の研究ではさらに、このような階層的な予測運動制御システムにおいて起こりうる異常を、神経回路上のシナプス結合に微細なノイズを加えて変化させるなど、モデル上のパラメータを変化させることによってシミュレートする実験を開始している。予備的な結果は我々の仮説の妥当性を支持している。すなわち、神経回路におけるシナプス結合の微細な変化が、上位からのトップダウン的感覚予測と下位からのボトムアップ的感覚知覚の相互作用のずれを引きおこし、このずれを修正するための異常なシグナルが結果的に意思作用感の異常を生み出すことを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度は、人における多様で柔軟な行為の生成に欠かせない予測運動制御の計算論に基づく神経回路モデルの作成、および人の行為の生成を模したロボット実験用の認知行動タスクをデザインし、提案する神経回路モデルを用いてロボットがタスクをこなすよう訓練する段階までの進展を計画していた。認知行動タスクのデザインは、必要な複雑さを備えながらロボットの安定した動作が得られる必要があり、本研究の最も困難な点の一つと考えられていた。しかし、実際のロボットをつかった実験には多大な労力と時間がかかるため、同時にシミュレーション実験を駆使することによって、実験の進展を大幅に加速することが可能になった。このため現在では、当初計画の段階はすでに達成し、ロボットは人における多様で柔軟な行為の生成を模した認知行動タスクを神経回路モデルの制御によってこなすことができるようになっている。さらに、神経回路モデルにおけるパラメータを変化させながら、階層的な予測運動制御システムの異常の結果起こるロボットの振る舞いの変化、神経回路モデルの神経活動と内部表現の構造を解析し、実際の統合失調症において観察される知見と現象レベルでの対応についての考察を行う段階まで進展している。また現在まで得られた予備的な結果や考察をまとめ、すでに国内会議で1回、国際会議でも1回の報告をすることができた。以上より、初年度の研究の達成度は、当初の計画以上に進展していると評価することができると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画通り、統合失調症における意思作用感の異常が、柔軟で多様な行動を生成するために欠かせない予測制御システムの機能的階層性の異常に由来するとの仮説をロボット実験の結果から検証していく。階層的な予測運動制御システムにおいて起こりうる異常を、神経回路上のパラメータを変化させることによってシミュレートし、結果的に起こるロボットの振る舞いの変化、神経回路モデルの神経活動と内部表現の構造を解析し、実際の統合失調症において観察される知見と現象レベルでの対応について詳細な考察を行っていく。さらに本研究のロボットをつかった実証実験によって、提案した意思作用感の異常の病態メカニズムの仮説の妥当性がある程度示すことができたら、実証研究の分野に積極的にフィードバックしていくことを心がける。例えば、精神医学や神経科学などの実証研究に対して、検証可能な作業仮説を提供することを試みる。これにより統合失調症の病態理解や治療論の進歩にとどまらず、正常な機能としての意思作用感の理解に貢献することを目指す。また技術的な観点でも、人のような知的な機能をもつロボットなどの人工エージェントを実現するための基盤的な知見となる可能性があるため、幅広い分野の研究・開発者への研究成果の周知と交流を図っていく。具体的には、本研究の成果は論文誌を、学会発表はもとより、国内外ワークショップなど、ロボットを使ったデモンストレーション等と合わせて積極的に展開し、ホームページでも可能な限り研究資源を開示することを心がける。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究が当初の予定より早く進展しているため、研究代表者が一人で研究を計画通り遂行することが可能であると見込まれ、当初計画していた実験補助のための人件費は使用しなかった。実験補助のための人件費は次年度においても必要なくなる可能性がある。物品購入については、初年度において、ロボット実験の実施に必要な物品はほぼ購入が済んでいる。このため、今後の研究費の使用目的は、実験結果の解析・整理および研究成果の発表とデモンストレーションが主となる予定である。具体的には、データバックアップ機材、解析用計算機および周辺機器の購入費用などが見込まれる。初年度に使用を見込んでいた成果発表のための費用を使用しなかったため、次年度においてはこのための費用が増加する予定である。さらに上述したように本研究成果を、実証研究につなげる可能性を広げるため、国内・国際会議での発表、学術雑誌への論文投稿、国内外ワークショップなどへの参加を積極的に行っていく。さらにロボットを使ったデモンストレーション等と合わせて積、可能な限り研究資源を開示するための費用を見込んでいる。具体的には、意識の神経科学に関する国際会議、統合失調症の病態研究に関する国際会議への参加を予定している。さらに研究成果を2本の学術論文にまとめる予定である。このため、学術雑誌への論文投稿の投稿料、英文校閲費用などが見込まれる。また実証研究につなげるための研究打ち合わせ諸費用もあわせて見込んでいる。
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