研究課題/領域番号 |
23700279
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
山下 祐一 独立行政法人理化学研究所, 情動情報連携研究チーム, 客員研究員 (40584131)
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キーワード | 脳・神経 / 神経科学 / 認知科学 / ニューラルネットワーク / 意思作用感 / 統合失調症 / 精神疾患 |
研究概要 |
本研究は、行為の意思作用感(sense of agency)のメカニズムをロボット成論的アプローチにより理解することを目的とした研究である。意思作用感の異常が、人が柔軟で多様な行動を生成するために欠かせない予測運動制御システムの機能的な階層性の異常に関連する、との計算論的モデルを提案し、その妥当性をロボット実験で検証しようとする。提案した計算論的仮説を検証するため、予測運動制御システムの神経回路モデルを作成し、その神経回路モデルがロボットの行動を制御し、実際の物理環境において、物体の位置や行動の順序に応じた複雑なルールに従う認知行動タスクを行わせた。その結果、ロボットが認知行動タスクをこなすためには、機能的な階層性を備えた予測運動制御システムにおけるトップダウン的予測とボトムアップ的修正のスムーズな相互作用が欠かせないことを確かめた。またこの階層間の相互作用のメカニズムは、計算論的には予測エラーの最小化という単一の計算原理によって達成できることを確かめた。 さらに、このような階層的な予測運動制御システムにおいて起こりうる異常を、神経回路上のシナプス結合に微細なノイズを加えてシミュレートする実験を行った結果、神経回路におけるシナプス結合の微細な変化が、上位からのトップダウン的感覚予測と下位からのボトムアップ的感覚知覚の相互作用のずれを引きおこし、このずれを修正するための異常なシグナルが結果的に、統合失調症に見られるような意思作用感の異常を生み出すことを示した。さらに、階層間のシナプス結合の変化が重篤になると、統合失調症に見られるものに類似した異常行動のパターンが認められた。 これらの研究結果は、統合失調症の多彩な症状が、階層的な神経回路における機能的断裂に対する不適応プロセス、すなわち誤差最小化のバランスを維持するための代償、として理解できることを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り、統合失調症における意思作用感の異常が、柔軟で多様な行動を生成するために欠かせない予測制御システムの機能的階層性の異常に由来するとの仮説をロボット実験の結果から検証することができた。具体的には、階層的な予測運動制御システムにおいて起こりうる異常を、神経回路上のパラメータを変化させることによってシミュレートし、結果的に起こるロボットの振る舞いの変化、神経回路モデルの神経活動と内部表現の構造を解析し、実際の統合失調症において観察される知見と現象レベルでの対応について詳細な考察を行った。本研究のロボットをつかった実証実験の成果は、複数の国際会議で発表することができた。また、PLoS ONE誌上において、すでに学術論文として出版した。 上記により、研究の目的は十分に達成されていると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究のロボットをつかった実証実験によって、提案した意思作用感の異常の病態メカニズムの仮説を実証研究の分野に積極的にフィードバックしていく。例えば、精神医学や神経科学などの実証研究に対して、検証可能な作業仮説を提供することを試みる。これにより統合失調症の病態理解や治療論の進歩にとどまらず、正常な機能としての意思作用感の理解に貢献することを目指す。また技術的な観点でも、人のような知的な機能をもつロボットなどの人工エージェントを実現するための基盤的な知見となる可能性があるため、幅広い分野の研究・開発者への研究成果の周知と交流を図っていく。 具体的には、本研究の成果は論文誌や学会発表はもとより、国内外ワークショップなど、ロボットを使ったデモンストレーション等と合わせて積極的に展開し、ホームページでも可能な限り研究資源を開示することを心がける。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度に、実験データの追加解析を行ったところ、新たに興味深いデータを得た。当初、平成24年度内に発表する予定であったが、得られた知見は、精神医学研究者にたいしても、広く周知する価値があると考えられた。このため、計画を変更し、次年度に米国で開催される国際統合失調症研究会議での発表を次年度に行うこととし、未使用額はその経費に充てることとしたい。
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