予備調査を受け、2011年より国内配布のオンラインソフト活動調査をおこなった。概況調査として、複数の共同開発コミュニティサイト(SourceForge等)を調査したところ、対象の社会的実践においては、作成者と利用者とが動態的な相互作用のもとに築かれる関係性にあることを再確認した。ときに両立場が入れ替わり、さまざまな規範を織り成すため、本研究は多層にわたる活動への量的テキスト調査および聞きとり調査を要す。そこで方法として、個人開発ソフトについて、プログラマ・開発協力者の活動に対する参与観察、企業開発ソフトについて、担当への聞き取り調査、100点強のソフトについて、誌料の網羅的分析、活動追跡という段階を取った。 プログラマが重要視してコミュニケーションに活用していたのがメタ文書ReadMeである。フリー・個人開発のこの文書は、【To do】【履歴】などで開発過程が執拗に詳記され、ソフトの欠点や、機能限界についての言及が頻出していることが特徴的だった。その後の発展をみると、履歴や否定的状況への言及こそが、開発派生の契機となっている。これは、ソフトウェアを完結したモノとせず、ユーザーを巻き込む共同プロセスとみなす営為であり、道具概念を主体的に構築する試みでもある。 社会的記述・発言できわだった特徴は、技術的記述を付しての返礼・称揚慣行である(マイナーソフトに顕著)。技術経緯が年表化されるなど、他のプログラマの功績やプログラムの歴史的価値への賛美などの記述が多数あり、また聞きとりでもそうした意識が動機に関わったというものがみられた。いわゆる伝統的贈与慣行と相似し、象徴交換をともないつつ、交易性・伝承性を内包して行われる授受慣行といえる。 オンラインソフトをめぐる文化慣行は、開発プロセスを参照系に仕立て、その試みを周到な授受規範によって涵養しているといえるだろう。
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