研究課題/領域番号 |
23700312
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
伊村 知子 京都大学, 霊長類研究所, 助教 (00552423)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 比較認知科学 / 認知発達 / チンパンジー / ニホンザル / 乳児 / スリット視 / 時間的統合 |
研究概要 |
日常生活で対象を認識しようとする際に、その一部が何かに隠れて見えないというような状況は頻繁に起こっているが、我々はふだんそれを意識することはない。たとえば、ドアの隙間の向こうに何かが横切ったときのように一度に全体像を見ることができないような場面でも、部分的な視覚情報から物体の全体像を認識することができる。このような能力がヒトで特に発達していることが、ヒト以外の動物との比較により明らかになってきた。そこで本年度は、「時間的な」統合過程に着目し、部分的な視覚情報の統合能力をヒトと近縁なチンパンジーとヒトで比較し、その進化的基盤について検討した。さらに、こうした能力の初期発達過程にも着目し、ヒトやニホンザルの乳児を対象とした検討もおこなった。 京都大学霊長類研究所では、チンパンジーとヒトの成体を対象に、スリット視条件で物体認識課題をおこなった。課題は、スリットの後ろで線画が水平方向に動く動画をコンピュータモニタ上に提示した後、提示される3つの線画の中から同じものに触れるというものである。スリットの幅及び呈示速度を系統的に操作することによって難易度の異なる条件を設け、各条件における正答率を種間で比較した。その結果、チンパンジーではヒトに比べ、スリット幅の狭い条件や速度の速い条件で著しく正答率の低下が見られた。したがって、部分的な視覚情報の時間的統合の能力についても、ヒトでは特に優れている可能性が示唆された。 さらに、時間的統合能力の発達過程を明らかにするため、ヒトやニホンザルの乳児を対象に、スリット視条件で物体認識課題をおこなっている。手続きは、馴化-脱馴化法を用いた。スリットの後ろに提示された線画に馴化させた後、テストで提示される刺激との違いを区別できるかどうかを、注視時間を指標に調べている。ヒトの乳児の実験については、新潟大学人文学部の白井述との共同研究として実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
交付申請書の「研究実施計画」では、平成23年度におもにチンパンジーの成体を対象に、平成24年度におもにヒト、ニホンザルの乳児を対象に、部分的な視覚情報の統合能力について検討するよう記載していた。ところが、実際には、本年度中にチンパンジーの成体を対象とした実験を終えるだけでなく、ヒトの乳児やニホンザルの乳児の実験データの収集も開始することができた。したがって、当初の計画以上に進展しているといえる。 まず、チンパンジーを対象に、スリット視のパラダイムを用いて視覚情報の時空間的統合を調べた実験では、チンパンジーに比べ、ヒトの方が優れた統合能力を示す可能性が示唆され、仮説を支持する結果が得られた。また、スリット視が、時空間的統合の能力を調べるために妥当なパラダイムであることが示された。 以上の成果を年度の前半に確認できたことから、ヒトやニホンザルの乳児でも、スリット視条件下での物体認識を調べる実験を予定よりも早く、開始した。ヒトの乳児を対象とした実験は、新潟大学人文学部の白井述氏との共同研究としておこなっているが、当初の予想よりも多くの参加者に恵まれ、順調にデータ収集をおこなうことができている。これらの要因が重なり、当初の計画以上に研究を進展させることができた。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、ヒトの乳児を対象に、視覚情報の時空間的統合の能力の初期発達について検討する予定である。それと並行して、昨年度おこなったチンパンジーを対象とした実験の成果を論文にまとめ投稿するつもりである。また、本年度より、研究代表者の異動に伴い、研究拠点が変更になったが、京都大学霊長類研究所でのデータ収集は終了しているので本プロジェクトの目的達成には問題がないと考えられる。 ヒトの乳児を対象とした実験は、昨年度よりデータ収集を開始したことにより、順調にデータ収集をおこなうことができた。少なくとも、スリット視が、乳児の時空間統合の能力を調べる上でも有効なパラダイムであることが示されつつある。そこで、引き続き、新潟大学人文学部の白井述氏との共同研究を継続する。本年度はさらに、スリットの幅や物体の運動速度などのパラメータを系統的に操作することによって、時空間統合能力の発達段階とその制約について、より詳細な検討をおこないたいと考えている。 得られた研究成果は、国内外の学会で発表したり、学術論文にまとめて投稿するほか、研究者以外の方にもわかりやすい言葉で伝えていく。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究では、チンパンジー、ニホンザル、ヒトの乳児などを対象に、視覚情報の時空間統合の能力を調べ、比較する。そのため、それぞれの実験を遂行する上で特別な実験環境を準備する必要がある。昨年度より、ヒトの乳児を対象とした研究を開始したが、実験を推進する上で必要な環境はまだ十分整っていない。今年度、主として、二ヒトの乳児に焦点を当てて研究を推進していくためにまず、実験環境を充実させるために研究費を使用する。特に、視覚刺激を作成するためのパソコンやモニタ、ソフトウェアが不足している。乳児の行動を記録するためのビデオカメラも必要である。そこで、設備備品費や消耗品費より、実験環境の基本となるものとして必要な機材を購入する。また、実験を円滑に継続していくために、実験参加者への連絡やスケジュール管理、参加者募集の活動もおこなう。そうした活動には協力者が必要であり、実験補助業務に対する謝礼や実験参加者への謝礼を、謝金から支出することを考えている。 収集したデータは随時分析し、まとめる。研究成果を発表するため、国内外への出張を予定している。それらの旅費も、研究費より支出する。研究成果の一部は、論文にまとめ投稿する予定である。そのために必要な英文校閲や文献収集の費用、書籍、論文の別刷を購入のための費用も本研究費より支出する。
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