研究課題/領域番号 |
23700317
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
加藤 真樹 独立行政法人理化学研究所, 象徴概念発達研究チーム, 研究員 (80345016)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 音声コミュニケーション / 臨界期 / ジュウシマツ / マーモセット / 神経科学 / 遺伝子発現 |
研究概要 |
本研究では、ヒト言語(母語)獲得の神経基盤を解明するために、臨界期に着目して研究を行った。機能的ヒト脳モデルとして音声学習臨界期の存在が知られる鳴禽類を用い、解剖学的ヒト脳モデルとして多様な音声コミュニケーションと発達した聴覚野を持つ小型霊長類コモンマーモセットを用いて実験を行った。申請者はこれまでの研究で、機能的にヒト言語野に相当する鳴禽類の歌神経核で記憶・学習に重要な役割を果たす遺伝子群(CaMキナーゼ等)の発現量が音声学習の臨界期終了を境に急激に減少すること、逆に抑制性神経のマーカー遺伝子の発現量が発達に伴って増加することを見出しており、これらの発現動態が臨界期を規定する分子的実体であると仮定し、その検討を行った。1)隔離飼育による臨界期延長:ジュウシマツのヒナを生後すぐに社会的、音響的に隔離して飼育を行った。隔離飼育個体の脳を用いてCaMキナーゼの発現解析を行ったところ、隔離個体においても通常飼育個体と同様に60日齢前後で発現量が減少していた。この結果から隔離飼育による臨界期の延長とCaMキナーゼの発現量の減少は独立のメカニズムである可能性が示唆された。2)ジアゼパム投与による臨界期短縮:歌学習臨界期直前のジュウシマツのヒナに、GABA受容体に作用してその抑制効果を増強するジアゼパムを投与し、歌学習臨界期の短縮を試みた。その結果、臨界期後期に新規な歌をうたうチューターと同居させたところ、コントロール個体はチューターの歌も学習できたが、ジアゼパム投与個体は学習できなかったことから、ジアゼパムによる臨界期の短縮が起きた可能性が示唆された。3)マーモセット脳における遺伝子発現比較:発達段階のコモンマーモセットの脳の収集を行った。また、可塑性関連遺伝子等のクローニングを行い、in situハイブリダイゼーション用プローブの作成を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画に比較的近い形で進めることができた。ジュウシマツの隔離飼育については、他の研究機関ですでに確立されていたシステムを導入したため、スムーズに研究を進めることができた。また、ジュウシマツは飼育・繁殖が容易で入手しやすいため、実験個体の確保や隔離実験、薬物投与、脳サンプルの収集なども順調に行うことができた。当該年度で隔離飼育とジアゼパム投与による歌学習臨界期への影響を検討できたことから、次年度は遺伝子発現解析等の詳細な解析に集中することが可能となった。隔離飼育による歌学習臨界期の延長とCaMキナーゼの発現動態が一致しない結果が得られたのは予想外だったが、次年度のCaMキナーゼ阻害剤による実験の結果と合わせて最終的な考察を行う。コモンマーモセットに関しては繁殖が順調だったことと、本務先の職務で使用するサンプルを共用することができたため、比較的順調に進めることができた。以上の結果より、本研究課題はおおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度の結果をもとに、当初の実験計画に基づいて以下の研究を進める。1)CaMKIIa阻害剤投与による歌学習への影響:CaMKIIaの歌学習への関与を検討するため、臨界期中のHVCに直接CaMキナーゼII阻害剤を注入し、歌学習への影響を検討する。歌学習臨界期に2羽のチューターの歌を聴くと、それぞれの歌の一部を組み込んだ歌をうたうようになることが知られている。この現象を利用し、以下の実験を行う。Tutor Aと60日齢(歌学習臨界期後期前半)まで飼育したヒナの脳のHVC近傍に、CaMキナーゼII阻害剤を埋め込む。その後、Tutor Aとは異なる歌をうたうオス(Tutor B)と2週間一緒に飼育し、その後チューターから隔離して飼育を行い、歌学習への影響および遺伝子発現の変化を検討する。2)マーモセット脳における遺伝子発現比較:コモンマーモセットは発達に伴い発声の種類や頻度が変化することが知られている。人工哺育個体と通常発達個体の発声パターンには明らかな違いが観察されるので、それを検証するために音声記録および音響解析を行い、さらに音声プレイバック等の音声刺激に対する応答を比較する。また、人工哺育個体と通常飼育個体の脳におけるCaMKIIa、Parvalbuminの遺伝子発現比較を行う。同様に発達段階のマーモセット脳を収集し、発達に伴う遺伝子発現動態を解析する。3)臨界期操作により変動する遺伝子群の同定:隔離飼育による歌学習臨界期延長と歌学習臨界期前後のCaMキナーゼの発現変化が独立のメカニズムで制御されている可能性があることから、ジュウシマツcDNAマイクロアレイを用いて臨界期前後で発現変化する遺伝子の同定を試みる。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度使用額:827,007円次年度に使用する予定の研究費は、設置場所の面積の関係や実験の都合上から、当初予定していた防音箱等の購入を見送ったことと、マーモセットの実験に関して本務先の職務に使用するサンプルや設備を共用にすることで経費が節約できたため生じた。当該研究費は、新たに必要となった臨界期前後のジュウシマツの脳のマイクロアレイ解析に必要なRNA抽出キットやRNA増幅キット、蛍光色素等の購入に使用する予定である。また次年度に請求する研究費については、ジュウシマツおよびコモンマーモセットの遺伝子発現解析用試薬の購入、マーモセットを用いた音声プレイバック実験およびデータ解析に必要な機材、ソフトウェアの購入等に使用する予定である。
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