研究課題/領域番号 |
23700319
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
伊澤 栄一 慶應義塾大学, 社会(科)学研究科, 准教授 (10433731)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 個体認知 / 優劣順位 / 最初期遺伝子 / カラス |
研究概要 |
本研究の目的は,鳥類カラスを用い、推移性関係の認知に関わる心理・神経機構を解明することである。平成23年度は以下2つの実験を中心に進めた。 まず,社会的推移性認知の基盤となる心理機構として個体認知を検討した。従来霊長類研究で用いられていた予測相反課題を鳥類に適用した。カラスが他個体を姿と声を統合し認識しているならば、既知個体の姿と声が一致しない事態では、被験体には予測相反が生じ、強い反応が予想される。被験体と刺激個体を対面させた(視覚刺激提示)直後、対面個体と一致する/一致しない声をプレイバックし、この2条件間で被験体の反応を比較した。結果、不一致条件において強い反応が見られた。未知個体に対しては、一致/不一致いずれにおいても強い反応は見られなかった。これらの結果は、カラスが、視覚と聴覚を統合し他個体を認識していることを示す。これは,カラスが他個体の認識表象をもつことを鳥類で初めて示した成果となった。 並行して、社会的推移性関係としての個体間の優劣順位に関わる神経機構の検討を行った。一対対戦事態で優劣を形成した若鳥オス個体を用い,優位または劣位個体と再対面させた際の攻撃・服従・中立社会行動の頻度を計測し,大脳全域における最初期遺伝子ZENKの発現量との相関を網羅的に調べた。結果,対面個体の既知性と巣外套尾腹側部,中隔が社会行動に関与する可能性を得た。 この最初期遺伝子発現の解析において、新規な神経核を巣外套内に発見した。推移性認知にどれ程関わるかは不明だが、一定の神経活性が見られた。従来の鳥類他種研究によれば、体性感覚に関わる微小神経核とされているが、カラス大脳では著しく発達していることを発見した。この神経核が、推移性認知へ関与も含め機能が解明されれば、脳の進化研究として、新たな展開が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
社会的推移性を支える心理基盤としての個体認知の発見は既に論文掲載に至っており、計画より早く成果が得られた。若鳥オスを用いた社会的推移順位の認知に関わる神経回路の同定についても、論文掲載に至っておりこれも当初の計画通りに進んでいる。しかし、メス個体の社会的推移順位の認知については、想定以上に優劣形成が曖昧であることが判明し、これ自体が発見ではあるものの、オスと同様の神経回路を想定して実験を実施するかは慎重な検討が必要であり、行動実験を進めている。したがって、メスの当該認知・神経機構に関する実験については必ずしも計画通りとはいえない。他方、研究実施概要欄に記述したように、当初は全く予想しなかった神経核の発見があったことは、当該認知への関与の有無とは独立に、今後の脳の進化研究に新たな知見をもたらすことが期待される。以上を勘案し、おおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
平成23年度同様に、特段の変更を要さず、計画に沿って推進する。ただし、メス個体の推移的優劣順位関係が想定したものよりも明瞭ではないため、既に実施したオス個体を用いた実験と、実験手続きが同一でよいか修正を要するか検討が必要である。そのためには雌雄混合群の集団飼育観察データをさらに蓄積し、雌同士、雄同士の社会行動の個体間における一貫性を比較し、改めて一対対戦事態の手続きを決定する必要があると考えている。メス個体の行動実験の手続きが決定できれば、神経活性計測は既に確立しているため、研究は計画通りに推進可能であると考えている。 また、新規に発見した神経核については、カラスの認知機能に関して、脳の進化の観点から斬新かつ重要な知見が得られることが期待されるため、最初期遺伝子の解析と並行して、解剖学的な解析を進める予定である。これに必要な試薬は、最初期遺伝子解析に要する試薬費でカバーできるため、特段の支出費用の変更は不要である。
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次年度の研究費の使用計画 |
新たに発見した神経核の解剖解析のために試薬が必要となるが、これは当初予定した最初期遺伝子解析用の試薬購入費で十分カバーできるため、特段の支出費用の変更は不要である。その他、特に変更なく研究費の使用を行う。
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