研究課題
今年度の前半は,研究基盤の整備のためのシステムを構成した.先ず,数台のパソコンをクライアント・サーバ・システムで一元管理することで,大規模な統計的シミュレーションを行うためのシステムを開発した.また,論文執筆,資料整理,および諸種の生存時間データを保存・管理するためのNASおよびRAIDシステムを作成した. また,バイオマーカーによるレスポンダー/ノンレスポンダー識別評価のための統計的グラフィクスとして,ROC曲線に基づく諸種の方法を整備し,学術雑誌「応用統計学」に受理された. 後半は,極限回帰法,およびアンサンブル学習法の研究に着手した.既存の極限回帰法は,生存時間分布に指数分布を仮定したもとでパラメトリック・ハザード・モデルの枠組みで開発を行っている.しかしながら,進行・再発癌では,このような仮定をみたすことがないことは,広く知られている.そのため,本論文では,よりデータ(生存時間分布)に当てはまりのよいデータ適応型分布族の枠組みで捉えることにした.そこでは,ベキ正規分布を生存時間分布に仮定した「ベキ正規極限回帰法」を開発し,日本計量生物学会2011年度年会において,その結果を公表した. アンサンブル学習法では,ルール・アンサンブル法を生存時間分布に拡張した,「生存時間ルール・アンサンブル法」を開発した.そこでは,先ず,Boosting法の基本学習器にLeBlanc & Crowley(1992)のSurvival CART法を適用し,そして,比例ハザード・モデルに対するLasso法に基づいて生存時間ルール・アンサンブル法を開発した.そのとき,ルール・アンサンブル法のアルゴリズムには,Friedman & Popescu(2008)の方法ではなく,下川他(2011)の拡張型ルール・アンサンブル法を用いた.その成果は,第25回 バイオ情報学研究発表会で公表した.
2: おおむね順調に進展している
統計的方法に関する研究成果では,「ベキ正規極限回帰法」に関して,日本計量生物学会 2011年度大会において発表を行い,「生存時間ルール・アンサンブル法」に関して,第25回 バイオ情報学研究発表会にて発表を行った.その過程において,統計ソフトウェアRを用いることで,他の利用者にも応用できるように留意している.また,これらの手法は,既存の方法よりも優れていることが文献事例などで明らかにできた.前者は,既存の方法に比べて予測確度が優れているだけでなく,今後の臨床試験デザインに対する示唆を与えられそうである.とくに,現在,脚光を浴びているバイオマーカーを伴う臨床試験デザインの開発などに貢献できそうである.後者は,これまでの生存時間研究に対するアンサンブル学習法の欠点であった,「どのようなバイオマーカーなどが予後・予測因子となっているのか」「交互作用は存在するか」といった,モデル評価に対する有用な示唆を与えることができそうである.また,「生存時間ルール・アンサンブル法」の基盤となっている化k超型ルール・アンサンブル法の論文が日本応用統計学会 奨励賞を受賞した. 応用分野では,緩和ケアに対するコメディカル従事者(とくに看護師)を取り巻く環境をルール・アンサンブル法に基づいて明らかにした.そこでは,従事してからの期間の推移と,緩和ケアに対する困難観として考えている事柄には交互作用関係があり,従事期間が浅い被験者は,日々の業務に対するスキル不足を感じているのに対して,従事期間が長くなるにつれて患者・家族とのコミュニケーション不足に悩んでいることがわかった.その成果は,現在,日本感性工学会に投稿中である. 実際分野では,大阪消化管がん化学療法研究会の臨床統計家として,国際会議2件,および学術論文3件が受理された.
先ず,「ベキ正規極限回帰法」および「生存時間ルール・アンサンブル法」の論文化が必要である.そのためには,詳細なシミュレーションによる評価と,文献事例などによる用途開発および診断手法の整備を行わなければならない. 次いで,多変量適応型回帰スプライン(MARS)法の生存時間データへの応用手法として開発されている,Survival MARS法をLasso法などの縮小推定の枠組みで精緻化を行わなければならない.この方法は,予測確度の高い統計モデルを開発できるだけでなく,バイオマーカーの主効果,交互作用(予後因子)の評価だけでなく,治療×バイオマーカー(予測因子)の評価に繋がると期待している. そして,レスポンダーを探索するための方法として,ルール帰納法(データピーリング法)が存在する.この方法では,Greedyにハザード比の高い部分集合を共変量空間のもとで構成される超長方形で探索する.ルール帰納法を利用すれば,任意の治療法に対する超レスポンダー(Super Responder)を探索できるが,臨床試験デザインに直接的につなげることは難しい.そのため,生存時間分布にベキ正規分布を想定するベキ正規ルール帰納法を開発する.これによりSuper Responder探索と試験デザインを結びつけることが期待できる. さらに,近年,レスポンダー/ノンレスポンダーという考え方ではなく,予後の程度を得点化するための方法として,「適応的指標モデル」が提案されている.しかしながら,この方法では,バイオマーカー間の交互作用を評価できない.そのため,今後にかけて,MARS法の枠組みのもとで,バイオマーカー間の交互作用を評価できる方法を開発しなけえればならない. 最後に,手法の提案だけでなく,応用例の開発および,手法の用途分類を行わなければならないと考えている.
次年度は,レスポンダーを探索するための統計的方法の開発だけでなく,それらの成果の公表を精力的に行う予定である.具体的には,手法のシミュレーションや文献例などによる精緻化を遂行中の「ベキ正規極限回帰法」および「生存時間ルール・アンサンブル法」については,論文化を実施する.そのためには,論文投稿料およびネイティブチェック費用が必要である.また,今後に開発予定の手法(生存時間MARSの修正,ルール帰納法の修正,交互作用を伴う適応的指標モデルの開発など)は,日本行動計量学会,統計関連連合大会,日本計算機統計学会などの統計関連の学術会議での発表を行う.また,国際学会へのエントリーも検討する.そのためには,学会参加費および旅費が必要になる. 統計処理システムでは,開発した手法のソフトウェア(統計解析環境Rにおけるパッケージ)を公表するためのネットワークシステムの開発を行う. また,大阪消化管がん化学療法研究会の支援のもとで,臨床試験データを(法的,倫理的な手続きを経たうえで)2次利用させていただき,レスポンダー探索のための統計的方法の用途開発を検討したいと考えている.そのためには,セキュリティー面の強化などを含めて,今年度のシステムの更なる精緻化を行わなければならない.そのためには,ワークステーションなどのサーバだけでなく,NASなどのバックアップ機能の強化,セキュリティシステムの強化のための費用が必要である. さらに,研究面では,統計手法の開発のために必要な資料を収集しなければならない.そのための成書あるいは学術雑誌の購入費用が必要である.また,他手法との比較およびプログラムの作成のための統計ソフトウェアの購入およびシステム設計(プログラミング)ソフトウェアの購入が必要である.
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (7件)
応用統計学
巻: 41(1) ページ: 17-37
ファームステージ
巻: 11(4) ページ: 3-7
Behaviormetrika
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Eur. J. Surg. Oncol.
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