本研究は、細胞膜を構成するリン脂質の一種であるホスファチジルエタノールアミン(PE)が、神経細胞の形態形成にどのような役割を担っているかを明らかにすることを目的としている。昨年度までに、安定状態の細胞では主に細胞膜脂質二重層の内層に局在するPEが、神経突起先端部(成長円錐)では外層に観察されること、また、成長円錐に局在し、PEのフリップ運動を触媒することで神経突起の伸長を制御すると考えられるIV型ATPaseとcdc50補因子を同定した。 本年度は、このIV型ATPaseによる神経突起の伸長制御の分子メカニズムを解析した。IV型ATPaseのノックダウンを行ったところ、神経突起の伸長は抑制された。この抑制は、野生型のタンパク質を過剰発現させることで解除された。しかし、機能欠損型IV型ATPase変異体の過剰発現では、ノックダウンの効果は解除されなかった。一方、IV型ATPaseをノックダウンした神経細胞の成長円錐を観察したところ、アクチン細胞骨格系の制御が正常に行われないことにより、異常な形態を示すことが分かった。また、PEを細胞膜外層に留める働きをする放線菌由来の細菌毒素シンナマイシンを添加した神経細胞ではcdc42の活性が上昇していた。これらのことから、PEのフリップ・フロップ運動はcdc42の活性制御を介して、成長円錐でのアクチン細胞骨格系の再構成を行うことにより、神経突起の伸長を制御していると考えられた。本研究は、神経軸索伸長の新しい分子メカニズムを解明したものであるとともに、生理機能がよく分かっていなかったPEのフリップ・フロップ運動の重要性を明らかにしたものである。
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