研究概要 |
本研究では、一時間程度の急性ストレスが海馬神経細胞のスパイン(シナプス後部)を増やすことの分子メカニズムを明らかにした (A) GRのシナプス局在の証明: GR抗体と反応させた海馬の超薄切片を電子顕微鏡で観察したところ、シナプスにGRが局在していた。また、シナプスの膜画分を精製してWesternblotを行ったところ、やはりGRの存在が認められた。 (B) 急性ストレス作用時のカスケードの解析: 海馬スライスにコルチコステロンとkinaseの阻害剤を同時に投与した後、神経スパインを可視化、スパイン頭部直径をsmall-(<0.4μm), middle-(0.4-0.5μm), large-head(>0.5μm)の3つに機能別に分類して解析した。その結果、急性ストレスはmiddle-, large-headスパインを増やし、Erk MAPK, PKC, PI3Kがこの過程に関与していた。これらのkinaseの上流には、コルチコステロン受容体(GR)が存在したが、慢性ストレスと違って、遺伝子転写は伴わなかった。 (C) 急性ストレス作用時の海馬内コルチコステロン濃度の測定: われわれの先行研究で確立した海馬からのステロイド抽出法と質量分析LC-MS/MSを組み合わせて、海馬でのコルチコステロン定量を初めて可能にした。単離した海馬スライス中のコルチコステロン濃度は2 nM程度であった。スパインの解析ではここに100, 200, 500, 1000 nM のコルチコステロンを加えて影響を調べたことになる。 以上から、急性ストレス時の海馬神経スパイン内分子カスケードの詳細が、「コルチコステロン→シナプスのGR→MAPK, PKC, PI3K→アクチン制御タンパク質のリン酸化→アクチン重合→スパイン新生および頭部の肥大化」であると明らかにできた点が本研究の重要な意義である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
急性ストレスによる海馬スパインの増加と頭部の肥大化は、遺伝子転写を伴わないカスケード、「コルチコステロン→シナプスのGR→MAPK, PKC, PI3K→アクチン制御タンパク質のリン酸化→アクチン重合→スパイン新生および頭部の肥大化」であることを明らかにした。GRのシナプス局在の証明・海馬内コルチコステロンの濃度測定も終了し、それらの成果は以下に示す論文としてすでに出版済みである。 以上より、交付申請書に記した内容はほぼすべて成果としてまとまった。これに加えて、海馬自身で低濃度(~10nM)コルチコステロンが合成されることと、低濃度のコルチコステロンにも、海馬スパインを増加させる神経栄養因子としての作用が明らかになりつつある。以上のことから、研究は当初の計画以上に進展している。 達成が前倒しになった理由は、数理的自動スパイン解析ソフトウェアSpiso-3D(科学技術振興機構バイオインフォマティクスプロジェクトにおいて開発)を用いたからである。これまでの解析法では、全スパイン密度の増加・減少しか解析できなかった。Spiso-3Dを用いることで、スパインの頭部直径分布を厳密に解析できるようになった。これにより、頭部直径を機能別に分類し(大きいほど情報伝達効率が高い)、各種の分子、kinaseがスパインに及ぼす作用の差を区別して解析できるようになった。また、低濃度のコルチコステロンでもmiddle-head スパインが増加することを初めて明らかにすることができた。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画に記した点はほぼ達成された。今後は、解析の残っているPKA, calcineurin, p38 kinase などのリン酸化酵素・脱リン酸化酵素について解析を進める。 当初の目的は、海馬CA1錐体神経細胞上のスパイン内の分子カスケードを明らかにすることであったが、研究が当初の計画以上に進展したので、CA3領域についても解析を進める。CA3領域には苔状繊維(mossy fiber)が投射し、thornと呼ばれるシナプス類似構造を形成する。thornはCA1のスパインとは構造が著しく異なるために、コルチコステロンの影響やそれが引き起こすカスケードも異なることが予想される。今年度に行った手法をthornに適用して解析する。 また、コルチコステロンは、これまでに考えられていたストレス時の濃度(~1μM)よりも低濃度で作用を引き起こす(濃度依存的にmiddle-head スパインを増やす)ことがわかったので、低濃度での作用についても詳細に研究を進める予定である。
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