睡眠-覚醒状態に依存して神経回路が可塑的変化していることを示唆する知見がこれまで報告されてきたが、そのメカニズムに迫った研究は少ない。研究代表者は、シナプス後膜上のグルタミン酸AMPA受容体の量が睡眠-覚醒状態依存的に変化することでシナプス結合強度が変わるという作業仮説をたて、これを検証する実験を行った。 実験対象であるラットは、暗期には主に覚醒し、睡眠は主に明期にとることが知られている。そこで、暗期の動物の脳標本と明期の動物の脳標本でAMPA受容体の量に差があるかどうかを、in vitroパッチクランプ実験により調べた。その結果、主に覚醒している暗期の動物ではAMPA受容体が増加している痕跡が見つかったが、主に眠っている明期の動物には見つからなかった。次に、この結果から示唆されるように覚醒時にAMPA受容体が増加するかどうかをより直接的に調べた。具体的には、強制的に覚醒させた(断眠)動物の脳標本と、睡眠状態の動物の脳標本とを比較する実験を行った。断眠した動物の脳でのみAMPA受容体が増加していることを示す結果が得られた。最後に、覚醒状態にAMPA受容体が増加するメカニズムに迫るため、感覚遮断によって覚醒時に片側の大脳皮質のみが活発に活動するような操作を行い、左右の皮質でAMPA受容体の増加量に差があるかを調べた。その結果、覚醒時に活発に活動した側の大脳皮質ではAMPA受容体が増加している痕跡が見つかったが、活動していない側ではその痕跡が見つからなかった。以上の結果より、覚醒時にはグルタミン酸AMPA受容体が増加することでシナプス結合が増強するという我々の仮説が証明されたと言える。さらに、覚醒時に活発に活動した脳部位においてこの増強が顕著にみられることを見出した。
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