本研究の目的は、把握運動の制御において大脳皮質一次運動野から発せられた下行性運動司令が脊髄神経活動および筋活動レベルにおいてどのように変換されているのかを解明することである。前年度までに覚醒行動下のサルから筋活動と脊髄および大脳皮質の神経活動の同時記録を行い、spike-triggered averaging法を用いて脊髄および大脳皮質一次運動野から脊髄運動ニューロンに対して寡シナプス性の投射をしているニューロン群(脊髄PreM-IN細胞、一次運動野CM細胞)の同定に成功した。 本年度の目標として、把握運動制御モデルとして近年有力視されている「筋シナジー制御モデル」に基づき、PreM-IN細胞およびCM細胞が把握運動制御においてどのような機能を果たしているのかの検討を行った。まず把握運動課題中の上肢筋活動(n=12)に対して非負値因子分解を行い筋シナジー活動の抽出を行った。その結果、3-4個の筋シナジーによって元の筋活動の90%の分散を説明できることが確認された。従来の先行研究では残り10%の分散はエラーとして排除されることが通例であるが、本研究ではこの残差成分を「筋シナジーでは近似されない各筋肉の独立成分」としてモデルに組み込むという新しい方法を試みた。このモデルの各成分(筋シナジー成分、残差成分)に対して、PreM-IN細胞およびCM細胞の活動がどのように相関するのかを比較した。その結果、PreM-IN細胞は筋シナジーとより高い相関を示すのに対して、CM細胞は筋シナジー成分と残差成分に均等な相関を示した。この結果から、把握運動時の筋活動制御において、PreM-IN細胞は主に筋シナジーに基づく制御を行い、CM細胞は筋シナジー、筋の独立制御の両方を担っていることが示唆された。この結果は、把握運動時の筋活動制御において、両神経群が異なる機能を果たすことを示す新しい知見である。
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