本研究はヒトの心臓自律神経活動,特に心臓迷走神経活動を推定できる唯一の方法である心拍変動周波数解析によって得られる高周波成分を指標とし,ヒトの運動時の心拍数調節機序を再検討することを目的とする.これまで運動中の心拍変動周波数解析には心電図RR間隔が用いられてきたが,これはRR間隔とPP間隔の変動が同一であることを前提としている.安静時にはこの前提が成立するが,運動中において,特に心拍数が120bpm以上となると,PP 間隔の分散と比べて,RR 間隔の分散が著しく減少する. そこで,本年度は安静時から運動強度を3段階(目標心拍数約100bpm,120bpm,140bpm)に変化させ,それぞれ3分間の定常状態中の心電図を計測し,RR間隔,PP間隔を計測した.その結果,安静時および運動中目標心拍数100bpmではRR間隔とPP間隔の変動に相違はなく,周波数解析によって得られた高周波成分のパワーにおいても相違は認められなかった.一方,目標心拍数120bpm,140bpmではRR間隔の変動はPP間隔変動より小さく,高周波成分はRR間隔変動がPP間隔変動より小さい傾向が認められた.したがって,従来のRR間隔変動による周波数解析の結果から運動中に心拍数が120bpm以上となると,迷走神経活動がさらに低下することはないと考えられてきたが,本研究のPP間隔変動の周波数解析の結果より,心拍数120bpm以上の範囲においても迷走神経活動は運動強度に対応して低下し,心拍数調節に寄与することが明らかとなった.
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