脳卒中罹患後に生じる左右非対称な歩行パターンは、歩行速度の低下や片麻痺の更なる重度化などの二次的障害につながる可能性が指摘されている。本研究では中枢神経系における「学習」に着目し、歩行の非対称性を改善するためのトレーニングプロトコルを検討した。左右2枚のベルトがそれぞれ異なる速度で動作するトレッドミル上を歩行すると、初期では動作が乱れるが、一定時間経過すると安定した歩様を獲得できる。すなわち、「学習」が成立する。その上で通常の(対称な)速度下で歩行すると、獲得した学習効果により非対称な運動パターンとなる。健常成人22名を対象に測定を実施し、左右非対称な速度条件の提示が、単に歩行の時空間的調節といった見かけ上の非対称性だけでなく、筋の活動や力の調節といった機能面に対しどのように反映されるのか解析した。結果、筋の活動と力の双方の指標において学習成立後の通常歩行に著しい非対称性が生じることを確認した。すなわち、片方の脚に対して、もう一方の脚の運動を効果的に促すことができた。さらに、歩行のみならず、ヒトにおける代表的な運動モードである走行についても、24名(述べ48名)を対象とした測定を実施し、歩行と同様の力調節のパターンが確認された。通常の運動パターンが非対称である脳卒中患者でも、適切な速度条件の提示により、対称な運動パターンの獲得に導くことが可能であると考えられる。本研究での測定は健常者を対象としたものにとどまったが、学習の成立には小脳の機能が中心的な役割を果たすことから、少なくとも、小脳機能が健常な脳卒中患者においては、このような学習を基盤としたリハビリテーショントレーニングの適用が可能である。一方で、トレッドミル上において獲得した学習効果の地上歩行への汎化の可否や、個々の患者における運動機能の多様性を考慮すると、トレーニングプロトコルの確立には今後、更なる検討が必要だろう。
|