本年度は、昨年度に作成した「個々人の動作モデル」をもとにして、疾走技術の改善を目指してトレーニングに介入した。本報告では、対象者Aについて事例的に示すこととする。対象者Aは、年間を通して測定時のパフォーマンス(疾走速度)のばらつきが比較的小さく、ピッチとストライドとがトレードオフ関係を示しながら速度が安定している傾向がみられる選手であった。この理由を検討するために、A選手の年間トレーニングを分析した。その結果、A選手は200mと400mを専門種目として、年間の試合配置およびトレーニング計画を遂行しており、200mの試合に向けたメゾサイクルにおいてはピッチを向上させるようにスピード系トレーニングを行っていた一方で、400mの試合に向けたメゾサイクルにおいてはストライドを安定させてスピードを維持するスピード系トレーニングを重要視していた。このメゾサイクルにおけるトレーニングを反映してピッチ、ストライドおよび疾走動作が変化している可能性のあることが明らかとなった。このことは、「個々人の動作モデル」に示された動作の特徴やばらつきは、年間の試合配置とそれに伴うトレーニングの結果を反映していることを示唆するものである。以上のことから、「個々人の動作モデル」は技術トレーニングの1つの指標としての有用であることが示唆されるが、そのためには、十分な年間トレーニングの分析が必要となる。本研究では、そのためにトレーニング過程における選手の実践的知見の理論化を試みた(例として、トレーニング映像および分析結果、選手およびコーチの主観的内容の収集とフィードバックの繰り返し作業)が、その方法論を確立するには至らなかった。今後は、その方法論を確立していくことによって、より合理的なトレーニングモデルを構築することが課題である。
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