研究概要 |
細胞外プロテアーゼであるマトリックスメタロプロテイナーゼ9(MMP-9)は、細胞外環境のリモデリングを通じて神経機能を調節する。これまで、運動が海馬における神経新生を促進するなどその構造的変化をひき起こすことは知られているが、運動がMMP-9活性に及ぼす影響は明らかにされていない。そこで本研究は、一過性運動が海馬MMP-9活性を高めるか否か、運動強度および運動終了後の経時変化に着目して検証した。実験では、Wistar系雄性ラットに強度の異なるトレッドミル走運動(0, 10, 25 m/min)を課し、運動終了から0、6、12、および24時間後に海馬を摘出し、ゲルザイモグラフィー法によりMMP-9酵素活性を定量した。研究当初はゲルザイモグラフィー法の測定精度が低かったこともありMMP-9活性変化をとらえきれていなかったが、方法の改良を加え再検証を進めた結果、低強度トレッドミル走運動(15 m/min, for 30 min)を行った12時間後に海馬MMP-9酵素活性が有意に上昇することが明らかとなった。高強度トレッドミル走運動(25 m/min, for 30 min)では、その6~24時間後に非運動群と比較してMMP-9酵素活性が高まる傾向が認められたが、統計的有意差は認められなかった。 これまで、一過性運動が海馬の生理的応答に及ぼす影響を検討した研究は少なく、そのため運動が海馬神経機能を高める分子基盤は依然として解明されていない。本研究によって、一過性運動が細胞外環境の調節因子であるMMP-9酵素活性を高めることが明らかとなり、この結果は低強度運動による海馬神経機能の向上にはMMP-9を介した細胞外環境の調節が関与することを示唆している。従来の「細胞」に着目した研究に加え、「細胞外環境」に着目した研究のさらなる展開が必要であると考えられる。
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