研究課題
本研究では、ソーシャルメディアの隆盛と相まって用いられる「つながり」という言葉の含意に着目し、戦後の日本社会のなかで、電気技術の発展とともに実現が期待されてきた「つながり」とはいかなるものだったのか、メディア史の知見にもとづいて考察することを目的としている。当該年度においては、先行研究を批判的に検討するとともに、1920年代以降の技術雑誌を中心とする一次資料の収集を通じて、以下の二点の成果を挙げることができた。 第一に、戦後日本のアマチュア無線文化に見られる「つながり」の指向性を類型化することを試み、十分な成果を得ることができた。この知見については「「つながり」のメディア史序説 ―戦後日本の無線文化における指向性の類型化」『福山大学人間文化学部紀要』(12巻、2012年)にまとめることができた。 第二に、東日本大震災の発生とその後の経過を踏まえ、本研究から得られた知見を活かした考察をおこなった。震災後、マスメディアや市民メディア、そしてソーシャルメディアをとりまく状況は大きく変わった。メディアの送り手と受け手の乖離は、ますます重要な問題となっており、研究の目的に変わりはないが、背景をなす社会状況が大きく変わったことは看過できない。そこで当該年度においては、災害とメディアの歴史的関係を手がかりに、メディアが単に情報伝達の手段であることを超えて、共同体の維持と再生のために期待される役割について考察した。この成果については、「震災後の地域メディアをITはエンパワーできるか ―道具的文化から表現的文化へ」『IT時代の震災と核被害』(インプレスジャパン、2011年)にまとめることができた。なお、本書は2012年3月に電子書籍化された。
1: 当初の計画以上に進展している
当該年度は、先行研究の批判的検討として、(1)「ソーシャルメディア」という概念の浮上をめぐる社会的背景の考察、(2)「つながり」という概念をめぐる社会学的思考の論点整理、(3)「メディア」という概念そのものを、今日的状況を踏まえて問い直す、という三点の達成目標を掲げていた。このうち(1)と(3)については、(交付申請時には想定されていなかったことだが)東日本大震災の発生と経過を見据えながら、十分な成果を挙げることができた。それに対して、(2)については満足な成果を挙げることができていない。 もっとも、交付申請時には平成24年度の達成目標に掲げていた、「無線技術をめぐる従来のメディア史の蓄積を、「つながり」の欲望という視座から編み直す」という課題については、一次資料の収集が順調に進んだことから、予定よりも前倒しして取り組むことができ、一定の成果を挙げることができている。 以上のことがらを総合して、本研究は現在、当初の計画以上に進展していると自己評価できる。
本年度に十分な成果を挙げることができていない、「つながり」という概念をめぐる社会学的思考の論点整理に加えて、次年度以降は、無線技術をめぐる従来のメディア史の蓄積を「つながり」の欲望という視座から編み直すという達成目標に向けて、文献調査を中心とした研究の推進に努める。 具体的な方策としては、申請書に記載したとおり、『CQ』や『トランジスタ技術』、『無線と実験(MJ)』といった技術雑誌の収集を、当初の予定どおりに進める。1920年代から70年代までの文献を一次資料として使用する。
次年度使用分については、文献調査に必要な経費として使用する。そもそも当該研究費が生じた理由として、以下のふたつを挙げることができる。 第一に、東日本大震災の発生にともない、本研究の背景をなす問題意識に変化が生じたことで、本年度は震災の経過を踏まえた研究成果を発表するに至った。その反面、当初予定していた歴史資料の収集については、その作業の一部をやむなく、次年度に繰り越す結果になった。とくに文献複写費の支出が、当初の予定を大幅に下回った。 第二に、助成期間の最中ではあるが、研究代表者の所属機関が2012年4月に移ることになり、転出先の図書館に所蔵されている文献については、なるべく購入を控えた。 次年度以降に請求する研究費と合わせた使用計画としては、まず申請書に記載のとおり、2012年度は研究用コンピュータの買い換えを予定している。その他の支出についても、当初の研究計画にしたがい、文献調査にもとづく研究の遂行のために使用する予定である。 なお、本年度は所属機関の位置する広島県から、東京都内の図書館(国立国会図書館、東京都立中央図書館など)まで出向いていたが、次年度は所属機関が京都府に移ることにともない、文献調査に関するコストパフォーマンスが大幅に向上することを付け加えておきたい。
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福山大学人間文化学部紀要
巻: 12 ページ: 9-28