研究課題
癌の増殖と転移には腫瘍微小環境が重要な役割を果たす。我々は、低酸素、低栄養を模した培養癌細胞の解析からJMJD1A(KDM3A)の遺伝子発現が亢進していることを見出し、その役割を培養細胞とマウスを用いて解析した。血管新生阻害は効果的ながん治療法であるが、血管新生阻害治療に耐性な癌がこの新規分子標的治療においても問題である。低酸素・低栄養は細胞培養系においてAKTのリン酸化や細胞遊走・転移・コロニー形成能を促進した。また、低酸素・低栄養はマウス腫瘍移植実験系においても腫瘍増殖、単球やマクロファージ細胞(tumor associated macrophage)の浸潤を介して腫瘍血管新生を亢進した。また、腫瘍血管新生の制御は、低酸素によって誘導される血管内皮増殖因子とその受容体が主要な役割を果たすが、低栄養・低栄養状態における腫瘍血管新生の制御機構は不明であった。siRNAによる JMJD1Aの特異的な発現抑制は、in vivoのマウスの実験系において血管新生と腫瘍増殖を顕著に抑制した。さらに、JMJD1Aの阻害はVEGF中和抗体やVEGF受容体などの血管新生阻害剤との併用に相乗効果を示した。これらの研究により、JMJD1Aが、低酸素・低栄養下で腫瘍血管新生および腫瘍増殖に寄与すると考えられている、単球、マクロファージなどの白血球細胞の浸潤を制御し、癌の増殖を抑制することが明らかとなった。これらの知見は、近年着目されているヒストン修飾、エピゲノム修飾因子が腫瘍増殖に関わることを示しており、エピゲノム創薬が癌の悪性化や血管新生阻害における治療抵抗性に対する新しい標的の一つとして、新しいメカニズムに基づく新規創薬に繋がる可能性を示すものであると考えられる。
2: おおむね順調に進展している
我々は癌の進展にJMJD1Aを含むエピジェネティックスイッチが関連することを発見したが、そのメカニズムの詳細は明らかでない。siRNAによるJMJD1Aの抑制がin vitroの細胞増殖を抑制しないことを見い出しているため、血管新生因子の発現制御やin vivoの血管新生(CD31)やマクロファージ系細胞(CD11b)の浸潤を抑制する可能性があるか検討を行った結果、JMJD1Aの特異的阻害は、血管新生やマクロファージ系細胞の浸潤を抑えることが明らかとなった。また、我々は、新規ヒストン脱メチル化酵素(JHDM1D)が低栄養依存的に発現亢進すること、また、in vivoにおける癌の増殖に関与する可能性も見出している。さらに我々は、腫瘍血管等の腫瘍微小環境に作用する新しい癌の増殖抑制法を見出し特許出願している。これらの分子で同様の解析、検討を行い同様の知見を得ている。現存する化学療法や血管新生阻害療法との併用に相乗効果の検討として、標的分子候補をsiRNAで阻害したヒト癌細胞をヌードマウスの皮下に移植し、抗VEGF中和抗体(Avastin 1mg/kg/week i.p.)、低分子阻害剤(Sutent 10mg/kg/day p.o.)との併用で抗腫瘍効果を測定した。例として、JMJD1A のsiRNAによる特異的阻害がAvastinとの併用でin vivoで相乗的な腫瘍抑制効果を認めた。このように研究計画は、順調に進展している。
おおむね計画通り研究が進んでいることから、今後も当初の研究計画を遂行する。我々はヒト・マウス癌細胞株に共通して低酸素・低栄養で特異的に発現誘導される特徴的な遺伝子群をマイクロアレー解析から発見している。この遺伝子群に対するsiRNA/shRNA等による抗腫瘍効果をマウス腫瘍移植実験において解析し分子標的の可能性を検討する。具体的には、エピジェネティック因子が低酸素・低栄養で特異的に発現誘導されること、siRNAによるこのヒストン脱メチル化酵素の特異的な阻害が腫瘍増殖を抑制することを見い出している。また、癌の進展にこのヒストン修飾因子を含むエピジェネティックスイッチが関連することを発見したが、そのメカニズムの詳細は明らかでない。siRNAによる抑制がin vivoにおける血管新生因子の発現制御、血管新生(CD31)やマクロファージ系細胞(CD11b)の浸潤を抑制していたことから、このメカニズムの解析をChIP-Seqなどの新しい技術を導入して行う。
本研究は東京大学先端科学技術研究センターで行い必要な設備備品が揃っているため、新規に設備備品費は必要ない。本研究を行うにあたり、細胞生物学的実験に使用する細胞培養用のピペット、プレート、培地、血清等と分子生物学的実験に使用する抗体を含めた生化学試薬等の消耗品費が必要である。また、低酸素・低栄養に抵抗性となる癌細胞の原因遺伝子の候補分子については、ヒト及びマウス由来の腫瘍細胞株を用いてin vivoのマウス腫瘍移植実験による制癌実験を行う。そのため、腫瘍移植実験用のマウス(B6, nude nu/nu, scid/scid)と飼育飼料、床敷等の消耗品費が必要である。また、低酸素・低栄養下で発現亢進するヒストン脱メチル化酵素を見出しているが、これらの因子をノックダウンすることにより低酸素・低栄養下におけるヒストン脱メチル化酵素の標的因子の検索を試みる必要がある。方法としてsiRNA及びshRNAを用いて遺伝子をノックダウンする。また研究の計画として、転写因子やヒストン脱メチル化酵素をノックダウンした後、マイクロアレイを使って遺伝子の網羅的な解析を行い新しい標的因子の候補を絞り出す。これらsi/shRNA、マイクロアレイの試薬等にかかる経費も必要である本研究の研究費用は、主に消耗品に、また、一部を海外・国内出張のための経費に使用する予定で、本研究期間に必要な実験の消耗品、出張のための経費を概算すると本研究の申請額が必要である。
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Cancer Research
巻: - ページ: In press
Nature Commun
巻: Jun 6;3 ページ: 883
10.1038/ncomms1892