研究課題
昨年度より作製を開始していた種々のRb複合遺伝子欠損マウスを解析した結果、LOHによるRb不活性化が原因で生じるRb+/-Trp53 nullマウス由来カルシトニン産生細胞(C細胞)腫は、その他の遺伝子欠損やTrp53へテロ型背景のマウスから生じた腫瘍と比較して、足場非依存的増殖能が非常に高く、分化マーカーであるカルシトニンやAscl1の発現が著しく低い、非常に未分化な腫瘍であることが明らかとなった。また、Trp53 nullマウスに自然発生した繊維芽種より樹立した初代培養細胞においてpRbを機能抑制すると、上記と同様の幹細胞様の細胞群を生じた。これらのことから、Trp53 null背景の腫瘍細胞においてRbの不活性化により、脱分化が誘導され、がん幹細胞様細胞が出現する可能性が示唆された。 そこで、この幹細胞様性質を持つ細胞群を、Tumor sphere形成能の有無を指標に選択培養することで純化し、マクロアレイにより遺伝子発現解析を行った。その結果、これらの細胞群ではIL6-STAT3経路を中心とする炎症性シグナルが顕著に上昇していること、さらにその後の阻害剤等を使用した実験により、この炎症性シグナルの活性化が、pRbの不活性化による幹細胞様性質の誘導に寄与していることが明らかとなった。本年度の研究成果により、pRbががん幹細胞化に対して抑制的に作用すること、およびその分子メカニズムの一端を示すことができた。また本研究手法を用いて、pRbとTrp53の不活性化により誘導される幹細胞様の細胞群は、Doxorubicin等の抗がん剤への薬剤耐性が高く、免疫不全マウスへの接種実験により高い転移能を示すことから、現在まで確固たるものが確立されていないin vitroがん幹細胞モデルの1つとして、様々な研究に発展応用できると考える。
2: おおむね順調に進展している
本申請における、申請者らの主な研究目的は「癌の悪性進展過程において、Rbの不活性化ががん幹細胞化を誘導すること」を証明することである。本年度、様々なRb複合遺伝子変異マウスの解析を行った結果、Trp53 null背景の腫瘍細胞においてpRb不活性化が、がん幹細胞様細胞を誘導することを明らかとした。さらにこれを発展させ、pRb不活性化によるin vitroがん幹細胞様細胞誘導モデルの確立に成功した。本結果により、本申請初年度に計画した「pRbが癌幹細胞様細胞の出現に拮抗的に作用することを証明」および「Rb関連遺伝子追加欠損マウスの解析と、癌幹細胞様細胞誘導条件の最適化」を十分に達成したと考える。一方で、研究手法として掲げていたCD133、CD44陽性画分による幹細胞様細胞の選択やSide Population画分の濃縮は順調に進行しなかった。原因の1つは、ヒト上皮細胞系がんではなく、マウス間葉系がんを対象に上記手法を応用したためであると考えられるが、Tumor Sphere形成能による選択培養等の代替手法により本来の目的は達成できたと評価している。 最後に、「Aktシグナルを中心とした分子メカニズムの解明」の項目に関しては、マイクロアレイ遺伝子発現解析等の結果を検討した結果、がん幹細胞様細胞の誘導にはAkt経路よりも、むしろIL6-STAT3経路の活性化が重要であることが明らかとなった。そのため、平成24年度の研究計画は、当初の計画とは多少の変更が生じるものの、がん幹細胞化にpRb不活性化が寄与すること、またその分子機構を明らかにするという点において、本申請はおおむね順調に進行した、と考える。
本年度は、in vitroがん幹細胞モデルの確立を目標とし、種々の複合変異マウスの解析を行った。その過程において、研究早期からRb;Trp53二重変異マウスに対象を絞ることができた。その結果、マウス管理維持費、購入費および実験消耗品費を中心に支出を抑えることが可能となり、研究費の一部が次年度使用となった。次年度は、本年度に確立したin vitroがん幹細胞モデルを用いて、pRbががん幹細胞化に抑制的に作用する分子メカニズムの解明を目的とする。現在までにマイクロアレイ発現解析により、pRbの不活性化により誘導され、かつ幹細胞性の維持に必要と考えられる遺伝子(100種類以上)のリストを得た。IL6-STAT3経路の活性化が重要であることはすでに述べたが、さらにこの中から、Trp53 nullの背景においてのみRbの不活性化により強く誘導され、かつ発現抑制により幹細胞性の消失が起こる標的遺伝子を、主に定量的PCRとスフィアアッセイ法を用いて評価する。 また、これらの遺伝子が誘導される分子メカニズムとして、pRbによるクロマチン構造制御を介したエピジェネティクスの制御に着目しており、pRb不活性化により一部のクロマチン高次構造がゆるみ、分化細胞では本来負に制御されるべき遺伝子が発現することで脱分化が誘導されるという仮説を立てた。特にpRbはHDAC familyやJarid1a、PcG complexなどと協調して、クロマチン構造を閉じた状態に保つことから、標的遺伝子のプロモーター領域におけるH3・H4のアセチル化、およびH3K4・H3K27のメチル化状態をqChip assayにより解析する予定である。ここで得られた結果から、実際にpRbの不活性化と協調して標的遺伝子の発現を誘導するクロマチンリモデリング因子を明らかにし、がん幹細胞様細胞が出現するメカニズムを明らかにする。
本年度に引き続き、次年度も抗体や定量的PCR用試薬、阻害剤、培養用用品などの実験消耗品などに研究費を使用する予定である。本年度に消耗品使用の効率化より生じた繰り越し分は、次年度も同様に上記の実験消耗品に使用する予定である。また現在、本申請の内容であるin vitroがん幹細胞モデルを用いて、千葉大学、東京大学等との共同研究によるトランスクリプトーム解析やChipシークエンス解析が進行中であり、その結果次第では次年度の研究費および繰り越し分の多くをこれらのプロジェクトに使用する可能性がある。また、上記の共同研究を含め、学会等で知り合った様々な学外研究者と情報交換し連携を取れたことが本研究の進行に大きく貢献していることから、次年度も国内国外を問わず学会等の研究者の集いには積極的に参加したいと考えている。
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Cancer Science
巻: Volume103, Issue7 ページ: 1182-1188
10.1111/j.1349-7006.2012.02284.x
Molecular and Cellular Biology
巻: Volume 32, Issue 8 ページ: 1581-1590
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