本研究は、ショウジョウバエ遺伝学を用いて細胞間コミュニケーションによる腫瘍悪性化の基本原理の解明を目的とし、本年は、RNAプロセッシング異常とがん原性Ras (Ras^<V12>)が協調して引き起こす細胞自律的な細胞周期停止および細胞非自律的な周辺細胞の増殖機構について解析した。さらに、RNAプロセッシング異常をもつRas^<V12>発現細胞の特定の遺伝子領域を欠損させ、細胞非自律的な増殖こ関わる変異体を単離するスクリーニングを実施し、細胞非自律的な腫瘍悪性化形成機構に関わる重要分子を網羅的に解析した。 上記の解析により、RNAプロセッシング異常をもつRas^<V12>発現細胞において、紐胞周期進行分子Cyclin Eが減少していたため、細胞周期停止を介してCyclin Eの発現を負に制御するATMやp53の遺伝子変異を導入した結果、周辺細胞の過剰な増殖が抑制された。一方で、周辺細胞の増殖機構に関わる分子を解析した結果、WinglessやUnpairdなどの分泌因子の発現が、がん抑制経路であるHippo経路の破綻により誘導されることを明らかにした。これらの結果から、細胞非自律的ま腫瘍悪性化にATM-p53経路による細胞周期停止とHippo経路の破綻による増殖因子の上昇が連動することが重要であると示唆された。さらに、132ラインの染色体欠損系統を用いたスクリーニングにより周辺細胞の増殖を抑制するサプレッサーを55ライン、促進するエンハンサーを6ライン単離した。エンハンサーの中で周辺細胞の増殖を促進する特定の遺伝子同定を試みた結果、転写リプレッサーzfh-1遺伝子がHippo経路を介した増殖因子の誘導に重要であることを明らかにした。 本成果は、細胞間コミュニケーションによる腫瘍悪性化機構の一端を分子レベルで明らかにしたもので、これらの成果が今後、基礎生物学の発展のみならず、新しいがん治療戦略の開発につながる基盤を提供できるものと期待される。
|