研究概要 |
浸潤能を持つ癌細胞を生理的な細胞外基質上で培養すると、細胞外基質を分解する活性を持つ、浸潤突起と呼ばれる構造が細胞底部に観察される。浸潤突起にはアクチン繊維、アクチン制御タンパク質、シグナル伝達分子、細胞外基質分解酵素などが集積する。浸潤突起は癌細胞が周辺組織を浸潤する際に機能し、癌転移において重要な役割を果たすと考えられている。しかし浸潤突起形成の分子機構は未だ不明な部分が多く、特にどのような形質膜上のシグナルが浸潤突起形成を制御しているのか明らかになっていない。そこで本研究では形質膜上のシグナル伝達脂質であるイノシトールリン脂質とその産生代謝酵素の関与を明らかにすることを目的とした。多様な細胞内シグナルを制御するイノシトールリン脂質の一つ、PI(3,4,5)P3の転移性乳癌細胞における局在を解析したところ、浸潤突起に局在することが分かった。次にPI(3,4,5)P3産生酵素であるPI3キナーゼの機能解析を行った結果、PI3キナーゼアイソフォームの一つであるp110alphaが浸潤突起形成に必要であることが明らかになった。p110alphaは多くの癌で活性化変異がみられ、癌の進展に寄与することが報告されている。そこでこの活性化変異を持つp110alphaを乳癌細胞に導入したところ浸潤突起形成が促進された。さらにp110alphaのshRNAを発現する細胞を作成した結果、3次元マトリゲル中での浸潤能が顕著に抑制された。現在この細胞をヌードマウスに移植し、浸潤、転移能の検討を行っている。またPI(3,4,5)P3の脱リン酸化酵素である癌抑制遺伝子産物PTENが浸潤突起形成を負に制御していることも見いだした。以上の結果から、イノシトールリン脂質の産生と下流シグナル伝達経路が浸潤突起形成を介した癌細胞の浸潤過程に深く関わることが示唆された。
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