【緒論】インドネシアの熱帯泥炭地域では,農地開発に伴う排水によって,蓄積された泥炭の分解や火災の頻発が問題となっている。本研究では,湿潤土壌における溶存ガス濃度の測定手法を確立し,熱帯泥炭土壌中の温室効果ガス(GHG)動態とそれに及ぼす水分や火災の影響を評価した。 【結果】雨季における地表面からのGHGフラックスを測定したところ,CO2放出は排水の進んだ自然林で大きく,排水の進んだ火災跡地で小さくなった。メタン放出は湛水した火災跡地で有意に大きく,湛水した自然林がそれに続き,排水の進んだ場所では火災の有無を問わず小さかった。N2Oフラックスはいずれの地点でも極めて小さかった。これら3種のGHGについて,地球温暖化係数(GWP;CO2は1,メタンは25,N2Oは298)を掛け合わせてGWPフラックスを計算したところ,排水の進んだ自然林と湛水した火災跡地で大きくなった。前者はCO2が大半を占めたのに対し,後者ではメタンの割合が18~25%に達した。N2Oの寄与はほとんどなかった。また,泥炭水中の溶存ガス濃度を測定したところ,CO2は排水の進んだ自然林でやや高く,メタンは火災跡地で極めて高くなった。これに対して,湿原でのメタン生産を制御する因子の1つである溶存酸素には,有意な地点間差は見られなかった。N2Oは,排水の進んだ自然林でまれに高濃度が観測された以外は全般的に低かった。 【考察】自然林で溶存メタン濃度が低い一方,溶存酸素に差がなかったことから,自然林に存在する樹木の通気組織による酸素供給とそれが根系近傍で直ちに消費されるというメカニズムが考えられる。火災跡地のGWPに占めるメタンの割合を考慮すると,現状の植生のまま水位を回復しても,CO2放出の削減をメタン放出が打ち消す形となり,GHG放出の抑制につながらない可能性が高い。火災跡地では,水位とともに植生の回復が重要である。
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