本研究では、海洋の炭素・窒素サイクルに寄与するウイルスの感染・溶菌現象に着目し、海洋溶存有機物プールに寄与する宿主細胞溶解物のプロテオーム組成を明かそうとするものである。海洋シアノファージの代表株(S-PM2)を用いて調製した宿主シアノバクテリア(Synechococcus sp. WH7803)の培養溶菌液に由来する溶存有機物のプロテオーム解析を行った。宿主の溶菌プロセスにおいて、全細胞プロテオームにおける細胞内タンパク質の割合の低下が認められた。このことは、細胞内に局在していたタンパク質が細胞外へと放出・供給がなされる過程を示すものであり、溶存態化への移行が示唆される。溶菌後の溶存態画分中のプロテオームの主な構成は、光合成関連タンパク質や糖質・アミノ酸代謝関連酵素、ウイルス構造タンパク質であった。以上のように、細胞に含まれるタンパク質分子の違い・細胞内局在の違いによって、ウイルス感染後の溶存態化への進行プロセスが異なることを明らかにした。各試料において同定した総MS/MSスペクトルデータをもとにペプチド計数を行った結果、光合成色素タンパク質に由来するペプチドの量が最も多く検出された。他の溶菌現象である細胞の自己分解プロセスにおいては、栄養制限に応答して自身に多く含まれる光合成色素タンパク質を分解・利用して生残する機構が発動するため、細胞溶解時にはこのタンパク質が溶存態としてあまり放出されない可能性が考えられる。今後、人工的に栄養源を制限したバッチ培養系の試料についても解析し、得られたデータを上記のウイルス溶菌データと擦り合わせることで、ウイルス溶菌が海洋生態系に与える生物地球化学的循環へのインパクトを明確にする予定である。
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