研究課題
原爆小頭症で知られるとおり、放射線による子宮内被曝は精神遅滞を伴う重度小頭症を誘発する。しかしながら、小頭症の分子・細胞レベルでの発症機序は不明な点が多い。本研究では、遺伝性小頭症の原因遺伝子の同定と機能解析を通じて、小頭症発症の分子機構の解明を試みる。 研究初年度は、MRE11遺伝子のスプライシング異常を示す日本人重度小頭症2家系の細胞生物学的解析を行った。これまでにMRE11遺伝子変異はAT(毛細血管拡張性運動失調症)様疾患を引き起こすことが知られていたが、本研究におけるMRE11遺伝子変異をもつ重度小頭症患者由来細胞を用いた解析から、本患者では放射線感受性およびATMシグナル依存性アポトーシスの有意な亢進を認めた。これらの結果から、本患者は神経発生過程でATM依存性アポトーシスが亢進したために、DNA損傷を受けた細胞が排除されてしまい、神経前駆細胞数の減少を来して小頭症を発症したと考えられた。一方、AT様疾患では、ATM依存性アポトーシスの低下により、DNA損傷をもつ神経細胞が蓄積されてしまい、小頭症ではなく神経変性症を発症したと考えられた。 また、ゲノム安定性維持を担う分裂期チェックポイントの主要分子であるBUBR1が先天的に欠損して生じる染色分体早期解離(PCS)症候群は、高発がん性に加えて重度小頭症を合併する。本研究では、PCS症候群の分子病理学的解析を行い、G0期BUBR1が細胞外情報のセンサーとして働く一次繊毛の形成に必要であることを明らかにした。BUBR1は一次繊毛形成を介して多様な細胞分化シグナルを調節することによって中枢神経系の発生に重要な役割を担うことが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
研究初年度は、これまで申請者が所属する研究室で収集してきた日本人重度小頭症患者11例のうち、MRE11遺伝子のスプライシング変異を持つ2例について細胞生物学的解析を行った。その結果、また、患者由来細胞を用いた細胞生物学的解析から、本患者における放射線感受性およびATM依存性アポトーシスの亢進を明らかにした。これらの研究成果をまとめて、DNA Repair誌に発表した。 また、重度小頭症を合併する高発がん性遺伝病である染色分体早期解離症候群の新しい分子病理機構として、G0 期BUBR1の一次繊毛形成能の破綻を患者細胞およびBUBR1欠損メダカを用いた解析から明らかにした。本研究成果はHuman Molecular Genetics誌に発表した。また、一部新聞報道もされ、ゲノム安定性と中枢神経の発生メカニズムを繋ぐ研究としても注目された。
初年度の重度小頭症の原因遺伝子の同定は、DNA修復経路上に存在する候補遺伝子に着目した探索法によるものであり、迅速な原因遺伝子同定が可能であった。しかし、このアプローチによって原因遺伝子の同定に至らなかった重度小頭症患者も多く、スクリーニングする遺伝子数を増加させる必要がある。今後の研究の推進方策として次世代シークエンサーを用いたエクソーム解析を取り入れて本研究を継続していく。 また、小頭症原因遺伝子が同定された場合は、TALEN/ZFNといった人工酵素を用いた逆遺伝学的アプローチを積極的に取り入れて小頭症モデル細胞やモデル動物の作製を行い、DNA損傷修復異常による小頭症発症の分子機構の解明を試みる。
次年度以降は、候補遺伝子アプローチによって原因遺伝子の同定に至らなかった重度小頭症患者について、次世代シークエンサーを用いたエクソーム解析を行って原因遺伝子同定を試みる。このため、エクソーム解析に関連する試薬を中心とした高額な消耗品費が必要となる。 また、本研究で得られた研究成果を国内外の学会で発表するとともに、日進月歩であるエクソーム解析技術についての情報収集を行う。
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