乳腺は、放射線発がん感受性の高い組織である。これまで、乳がんのリスクが幼少期や思春期の被ばくで高いことや、妊娠・出産を経験することによりリスクが低下することが示唆されているが、それは乳腺が増殖・分化と脱分化・退縮のサイクルを繰り返すことができるユニークな器官であり、その過程で放射線に対する応答が大きく異なるためであると考えられる。しかしながら、それら放射線感受性の違いをもたらす分子基盤は依然として不明である。 本研究では、幼若期、思春期及び、経産ラットの乳腺組織における放射線応答を解析し、幼若期の乳腺では、思春期及び、経産した個体の乳腺組織に比べ、放射線照射後に発現量が変動する遺伝子(DNA修復遺伝子を含む)の総数が多いことが分かった。放射線照射後、既知のDNA損傷応答遺伝子に加え、思春期の乳腺では発生・分化、経産後の乳腺では免疫に関わる遺伝子群の発現変動が起こることが分かった。また、DNA修復に機能するBRIP1遺伝子ノックダウン細胞の樹立及び、細胞表現型の解析を行い、BRIP1遺伝子の発現が抑制された細胞を基底膜マトリクス存在下で3次元培養すると、腺管構造のサイズの増大や形態異常、内腔空間不形成といった癌の初期病変に観察されるような異常が引き起こされることを明らかにした。遺伝子発現解析から、BRIP1遺伝子の発現が抑制された細胞では、細胞接着、極性、増殖、発生に関わる遺伝子や、DNA損傷、LPA、Myc、Wnt、PI3K/Aktシグナル伝達経路に異常があることが分かった。これらの結果は、乳腺の発生・分化の過程で機能するDNA損傷応答機構に違いがあることや、DNA修復遺伝子は乳腺の発生・分化にも機能し、その機能異常がDNA損傷応答と発生・分化両方の異常を引き起こすことで発がんに関与していることを示唆している。
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