昨年度までの調査対象地域をさらに拡充して,流域削剥速度の決定を行った.これまでにデータのある阿武隈山地,北アルプス芦間・高瀬川流域,六甲山地に加え,岩手県遠野,関東山地瑞牆山周辺,中央アルプス木曽駒ケ岳周辺,京都府白川流域,山口県宇部周辺を対象に,渓流堆砂中の宇宙線生成核種を分析して,流域の空間平均削剥速度に換算した.また,阿武隈山地,北アルプス,および京都白川流域において,土層直下の風化基盤岩を採取して分析し,斜面での土層形成速度を求めた.試料採取地点は土層の厚みを定常状態と仮定できる尾根部を対象とし,土層の厚さと土層形成速度の関係(土層形成速度関数)を整理した. これらの調査の結果,日本列島の花崗岩山地流域の削剥速度は100 - 10000 g/m2/yrの範囲であることが分かり,各地域の山容やダム堆砂データから推定される相対的な侵食の活発さと調和的であった.求められた流域削剥速度は流域内斜面の平均勾配に非線型に対応しており,勾配1付近をしきい値として削剥速度が無限大に発散するような関数との適合性が高いことが明らかとなった.また土層の形成速度は10 - 1000 g/m2/yrの範囲であり,土層の厚みが増大するほど土層形成速度が小さくなるという土層形成速度関数が求められた.北アルプスの一部の場所では,流域の削剥速度は土層の形成速度よりも一桁大きく,崩壊などのマスムーブメントによって基盤岩が直接削剥されていることが明らかとなった.このことは,北アルプスのような山岳地形においては,サプロライト中にしか存在しないような巨礫が渓流に散在しているという観察事実と調和的であり,土層の形成を凌駕する速度での河川の下刻と斜面の削剥によって,山体が土に覆われた状態から,露岩の卓越する状態へと変貌していく過程を捉えているものと解釈された.
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