自閉症で最も頻回に認められる染色体異常は,15番染色体の重複である。これまでのヒト細胞を用いた研究によって,15番染色体重複が染色体ペアリングとGABRB3遺伝子群の発現異常をもたらすことを明らかにしてきた。そこで本研究では,15番染色体重複がどのように染色体ペアリングに影響を与え,脳機能障害を引き起こすかについてマウスを用いた実験により明らかにしようと考えた。15番染色体重複のin vivoモデルとして,ヒト15番染色体を保持するトランスクロモソミックマウス(TCマウス)を作製し,染色体の空間的配置と組織特異的遺伝子発現制御を解析した。ヒト15番染色体を保持するTCマウスにおいて遺伝子発現解析を行った結果,内在性のマウス7q,Snrpn-Gabrb3領域における遺伝子発現には変化がないことが分かった。一方,ヒトの神経細胞で以前に見出した「染色体ペアリング」と呼ばれる現象がマウス7q,Snrpn-Gabrb3領域にも認められるかDNA-FISH法で解析した結果,Gabrb3領域にかかる3つのBACプローブでは少なくとも神経細胞特異的な「染色体ペアリング」は観察されなかった。これらのことから,ヒトとマウスにおいて染色体の空間的配置と組織特異的遺伝子発現制御に保存性がないことが示唆された。つまり,15番染色体の重複によって引き起こされる遺伝子発現異常はヒト特異的であると考えられる。そこでヒト染色体工学技術を用いることで,神経細胞におけるヒト15番染色体の空間的配置と組織特異的遺伝子発現制御機構の解明に取り組んだ。その結果,PWS-IC領域は活発な遺伝子発現を呈する遺伝子領域をヒト15番染色体テリトリーの外にループアウトする機能を持つことを見いだした。これらの結果から,ヒト15番染色体上の遺伝子は,染色体の空間的配置によって高度に制御されていることが明らかとなった。
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