研究課題
伊豆諸島や伊豆半島沿岸に生息するチョコガタイシカイメン (Discodermia calyx) は強力な細胞毒性物質であるCalyculin Aを高含量で含んでいる。Calyculin Aはタンパク質脱リン酸化酵素に対する特異的な阻害活性を示す。本研究ではまず海綿よりCalyculin Aを単離・精製し、化学変換によって誘導体ライブラリーを構築することを目的にしている。そこで、式根島より海綿を採集し、抽出・精製後、Calyculin Aを数グラム得た。その過程で新規環状ペプチドであるCalyxamide AおよびBを得ることが出来たため、それらの構造決定を行った。平面構造を各種NMRスペクトルによって決定し、各アミノ酸の立体化学はChiral GC-MS解析によって明らかにした。その結果、両化合物は同一の平面構造を有し、1つのアミノ酸残基のD、Lが異なるジアステレオマーの関係にあることが分かった。両化合物ともマウス白血病細胞P388に対する細胞毒性を示した。単離・精製したCalyculin Aは1,3-ジオールのアセタール保護、1,2-ジオールの開裂によるジメチルアミノ基の除去、リン酸エステル基の保護、オゾン分解を経て、5,6-スピロケタール環を含むトリオール体を得た。現在、得られたトリオール体の水酸基に対する位置選択的な保護、脱保護の条件を検討している。また、Calyculin Aの構造改変に有用と考えられる生合成酵素の取得を目指し、Calyculin Aの生合成遺伝子クラスターの取得を試みた。その結果、100 kbpを越えるPKS-NRPSハイブリッド生合成遺伝子クラスターの取得に成功した。現在、詳細な遺伝子配列情報の解析を行っている。
2: おおむね順調に進展している
本研究の過程において、新規化合物Calyxamide AおよびBの2種の新規化合物を得た。これらはいずれもマウス白血病細胞に対して細胞毒性を示し、その作用機序は興味深い。類似の化合物としてKeramamideやOrbicuramideが知られており、すべてα-ketoamide構造を有する点が特徴である。現在、このα-ketoamide構造に着目して構造活性相関の解析を進めている。また、Calyculin A生合成遺伝子クラスターの取得においては、海綿メタゲノムDNAを抽出し、type I PKSのketosynthase (KS) に特異的な縮重プライマーを用いたPCRによってKS ampliconの増幅を行った。その結果得られたtrans-AT typeのKSに基づき、スクリーニングを行った結果、全長100 kbpを越えるPKS-NRPSハイブリッドの遺伝子クラスターの取得に成功した。現在、このクラスターがCalyculin A生合成遺伝子クラスターであるかどうか、詳細な確認を進めている。Calyculin A生合成遺伝子クラスターであることが明らかになれば、修飾酵素を用いたCalyculin A誘導体の調製が可能になる。ケミカルライブラリーの構築においては、天然物から得られたフラグメントにある、3つ水酸基に対する選択的保護、脱保護の条件検討を行っている。もし効率的な条件が見出せなければ、新たにフラグメントの合成を有機合成的に進める。また、Calyculin Aの末端ペプチド部分へTokyoGreenを導入した蛍光プローブの合成に成功した。現在、細胞内局在を可視化を試みており、蛍光プローブの有用性を確認した後に論文投稿を予定している。
ケミカルライブラリーの構築においては新たに有機合成的にプラットフォームを作製する方法を検討する。天然物であるCalyculin Aからの化学変換では当初の予定より、水酸基の保護、脱保護にかかる経路の短縮化が困難であり、効率的な変換が難しく、ライブラリー構築において十分な量の土台を得ることが難しい。そこで、本年度から新たに合成的にプラットフォームを作る方法を構築することにした。具体的には(R)-(-)-5-オキソテトラヒドロフラン-2-カルボン酸より、ジェミナルジメチル基を有するテトラヒドロフラン環を構築し、1,3-ジオールを有する側鎖を伸長して、末端にアセチレンを導入する。有機合成的なプラットフォームを構築し、Click Chemistryによる側鎖導入を試みる。また、同時進行として、生合成遺伝子クラスターの同定および修飾酵素の発現を試みる。Calyculin Aは特徴的な末端ニトリル基を有する。これまでニトリル生合成経路は植物および微生物のアルドキシム経路のみが知られており、Calyculin Aのニトリル形成反応経路は不明である。このニトリル形成以外にも、スピロケタール環形成およびリン酸エステル基の導入に関わる修飾酵素群が得られれば、新たなCalyculin誘導体の合成が可能になる。これら酵素群は骨格形成に関わるポリケタイド合成酵素 (PKS) 近傍に存在する可能性が高く、すでに得られている生合成遺伝子クラスターの詳細な遺伝子配列の解析により探索を行う。将来的にはケミカルなブラットフォームと生合成経路に関わる修飾酵素を組み合わせたライブラリー構築を目指す。また、Calyculin Aの蛍光プローブによってホスファターゼの細胞内局在を可視化しイメージングへの応用を検討する。
物品費:1,500,000 円次年度はケミカルライブラリーの構築ならびに蛍光プローブの合成用に有機合成試薬、溶媒、ガラス器具等の物品費に経費を利用する。
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