森林生態系における植食性昆虫の多様性は膨大な生物資源であり、近年その減少に対する懸念と保全の必要性に注目が集まっている。しかし、樹冠の植食性昆虫の多様性は定量的に調べられておらず、その形成機構も十分に明らかにされていない。 本研究では、樹木との共進化を考慮して、植食性昆虫群集の多様性の形成機構を解明することを目的とする。具体的に、1. 植食性昆虫の種多様性に対する樹木の系統的制約、2. 植食性昆虫の食性進化、3. 樹木と植食性昆虫の共種分化の重要性を検証する。また、相互作用に基づいて植食性昆虫の多様性モデルを構築し、生物多様性の保全に有効な森林生態系の管理シナリオを検討する。 平成23年度~25年度に、各地の冷温帯林において、樹木の葉と植食性昆虫を採取した。これらの試料から、葉の物理化学特性を測定し、樹木と鱗翅目昆虫の科レベルの分子系統推定を行った。そして、樹木‐植食性昆虫間の相互作用網に基づいて、樹木種構成の変化が植食性昆虫の多様性に及ぼす影響を解析した。 これらのデータによって、樹木‐植食性昆虫間の相互作用に関する仮説を検証した。その結果、1. 樹木種間の系統的距離とともに植食性昆虫のβ多様性が増加した。2. 樹木の系統的多様性が高い森林ほど、ジェネラリスト種の植食性昆虫の割合が多くなるという傾向はなかった。3. 樹木の系統的多様性が高い森林ほど、樹木と植食性昆虫の系統関係の一度度が小さくなるという傾向はなかった。これらの結果から、共進化自体は樹木と植食性昆虫の相互作用全体には影響していないが、樹木の系統的制約が植食性昆虫の多様性に大きく貢献していることが示唆された。 これらの相互作用網を解析した結果、撹乱によって優占する樹木種が失われる場合だけでなく、系統的に孤立した樹木種が失われる場合でも、植食性昆虫の多様性が減少する可能性があることが予測された。
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