本研究はHIV感染症を主とするpublic healthに関する事象について哲学的・倫理学的見地から分析し、今後の議論のための哲学的・倫理学的枠組みを提示することを目的としている。 これまで主に三つの種類の議論について研究を行ってきた。ひとつはM. フーコーによる権力の記述、そしてJ. ロールズなどの政治哲学の原理に関する議論、最後にbioethics/public health ethicsの議論、以上である。最終年度も同様の枠組みでJ. バトラー、M. C. ヌスバウム、HIV/AIDSに関するbioethics/public health ethicsの研究を遂行した。事象についてはHIV/AIDSの予防技術に関する歴史と研究のあり方について調べた。 以上の研究を踏まえ、biomedical preventionの動向を軸に、自由主義国家ですすめるべき予防政策について英語論文にまとめた。autonomyを主な価値とする議論の枠組みと、public healthとの位相の違いを明確にしつつ、biomedical preventionを肯定的に位置付けた。 しかし、このようなpublic health ethicsに基づく議論の枠組みは、同時にフーコーの生政治の記述あるいは批判に合致する。HIV/AIDSのポリシーの是非について一定の見地を導き出しつつ、同時にその理論的枠組みが内包するリスクについて、フーコーなどの権力に関する記述を参照項に常に批判の目を向ける必要がある。以上より、public healthに関する倫理学的、政治哲学的議論の枠組みとは、一枚岩のものとしては語り得ず、異なる位相の議論(個人のautonomyの位相、集団の安全を目的とするpublic healthの位相、そしてその機能をメタ的に分析する位相)を同時に併せ持つものでなければならないとの結論に至った。
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