本研究の目的は、古代ギリシアの哲学者プラトンが『国家』などの中期対話篇 で提示する「中期イデア論」の生成に注目し、その背景を『エウテュプロン』『ソクラテスの弁明』『メノン』などの前期対話篇にまで遡って明らかにすることであった。 本研究の成果としてまず挙げられるのが、プラトンの前期対話篇のひとつである『エウテュプロン』の新しい翻訳と注解の作成である。底本には最新の校訂版(オックスフォード古典叢書中のプラトン全集第一巻デューク版)を用い、また諸訳(邦訳、英訳、独訳、仏訳)と新旧の注釈書を検討するなど、最新の研究に基づく成果であり、今後の研究の基盤となるものである(後日公刊予定)。 研究成果として次に挙げられるのが、ソクラテスの探求における定義の優先性の問題をイデア論との関連性のもとで解明したことである。この問題は、たとえば「美とは何であるか」(美の本質、定義) をまず知らなければ「何が美しいものか」(美の事例) も「美は有益なものか」(美の特性) も知ることはできない、といった立場がソクラテスのものであるのかという問題で、ソクラテスの哲学的探求の有効性にもかかわる問題として論争が続いてきた。本研究では、イデア論と切り離した形で問題の解明を模索してきた従来の研究に対し、そのような解明方針に不備があると予想した。そして(『エウテュプロン』に顕著に見られるように)前期対話篇の「何であるか」の問いのうちに中期イデア論の重要な契機がすでに含まれていることから、イデア論の生成をも視野に入れた形での解明を試みた。その結果、ソクラテスは上述のような立場をとっていても、それは必ずしも哲学的探求を無効ないし不可能にするようなものではないという結論が得られた。これによりソクラテスの哲学的探求の有効性を示すことができた。
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