研究課題/領域番号 |
23720021
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
齋藤 智寛 東北大学, 文学研究科, 准教授 (10400201)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 唐代思想 / 中国仏教 / 禅思想 |
研究概要 |
禅宗の六祖慧能伝における古刹や高僧のイメージと、他宗派におけるそれを比較した研究として、「法相宗の禅宗批判と真諦三蔵―敦煌文書スタイン二五四六『妙法蓮華経玄賛鈔(擬)』と『真諦沙門行記』―」を発表した。本論文の考察結果によれば、慧能の伝記である『曹渓大師別伝』では、慧能の剃髪受戒の地を広州の名刹である制止寺であると定め、彼が当寺において説法することは、ゆかりの高僧である真諦三蔵の予言に応ずることとしていた。これは、禅宗が積極的に真諦三蔵の権威をみとめて利用した例と言える。しかし、敦煌文書スタイン2546『妙法蓮華経玄賛鈔(擬)』に引用される「真諦沙門行記」なる文献では、真諦の伝記を通して苛烈な禅宗批判をおこなっており際立った対照をなしている。「真諦沙門行記」によれば、中国に禅宗を伝えた菩提達磨とは妄説を唱えてインドの仏教教団から放逐され、巡礼をよそおって中国に侵入したいんちき坊主であり、真諦は彼の邪説から漢土の人々を救うために達磨を追って西来したのである。「真諦沙門行記」はまた、四天王が達磨から中国を守るために五台山に現れたこと、梁においても北魏においても偽妄を見破られて追放されたことを知るし、さらに『付法蔵伝』などの仏教史書に達磨の名が見えないことも指摘する。このように「行記」は、天上天下に身の置き所なく、相承系譜上の正統性も持たないのだと、完膚なきまでに達磨を叩きのめしている。「行記」を引用した『玄賛鈔』は続けて、『成唯識論』と『成唯識論述記』で清辯ら中観派を批判する文を大量に引用し、これは漢土の空見の徒と同様であると指摘する。これは思想教理面からする禅宗批判であろう。『玄賛鈔』は法相宗の立場からする『法華経』注釈と思われるが、同じく権威ある高僧として真諦を扱いつつも、そこに託された主張は『曹渓大師伝』とは正反対なのであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
『曹渓大師別伝』など、『六祖壇経』関連資料の研究については、予想外の結果を挙げることができた。『曹渓大師別伝』そのものの検討のみならず、対抗意識の有無は不明ながらも際立った主張をなす文献『妙法蓮華経玄賛』(題名は研究代表者による擬題)の性格を明らかにすることができたからである。具体的な内容は、「研究実績の概要」に記した通りである。 最終目標である敦煌本『六祖壇経』の校本と訳注の作成については未達成であるが、これは旅順本の公開出版が遅れ、当該写本の写真を収録した『旅順博物館蔵敦煌本六祖壇経』を研究代表者が手にしたのが平成23年8月であることによる。その時にはすでに「法相宗の禅宗批判と真諦三蔵―敦煌文書スタイン二五四六『妙法蓮華経玄賛鈔(擬)』と『真諦沙門行記』―」の執筆に取り掛かっていたため、『壇経』の研究に集中することは困難だったのである。
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今後の研究の推進方策 |
敦煌本『六祖壇経』の校本と訳注の作成に集中する。昨年度において『旅順博物館蔵敦煌本六祖壇経』を購入したので、現在知られる敦煌本5点はすべて完全な写真版を見ることができるようになった。本年度はこれらの写真をもとに5種のテクストの対照表を作成し、底本を選択して校訂本を作る。写本の原物については、北京蔵の2点についてはすでに実見したことがあるので、本年度は大英図書館所蔵のスタイン5475本を実地調査し、校本作成に完璧を期したい。 訳注にあたっては、訓読については伝統的な訓読法と、最新の中世口語や禅思想研究の成果との両方に留意する。注釈については、従来は後世の禅宗との関連からする注が多くを占めていたことに鑑み、『壇経』以前の仏教、ことに偽経の思想に留意して、より広い仏教思想史の流れに初期禅宗の思想を位置づけることを目指したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成23年度において『国家図書館蔵敦煌遺書』の第21冊から第70冊までを購入したが、本叢書は現時点で第143冊まで刊行され、最終的には全150冊となる予定なので、残りの80冊を24年度に購入したい。これだけで約80万を要するはずである。また、敦煌文書には写真の仕上がりの問題や発見後の経年損傷の問題があって、戦前の古い写真の參照も必要である。したがって『王重民向達所攝敦煌西域文献照片合集』30冊も購入する。本叢書の購入費用には、約20万円を見込んでいる。 他には、海外調査費用として大英図書館の所在地ロンドンへの渡航滞在費が必要となる。『壇経』写本のみならず、関連するS.6557『南陽和尚問答雑徴義』やS.4556浄覚『注般若波羅蜜多心経』などの調査も行い、Graham Hutt氏ら現地研究者との情報交換も行うため、滞在期間は1週間を見込んでいる。
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