研究最終年度にあたる25年度は,まずは昨年度に引き続いてマハーヌバーヴ派の聖者伝『スムリティ・スタル』のテキスト校訂と,翻訳研究を行った。この資料には,マハーヌバーヴ派の創始者チャクラダル・スワーミンが亡くなった後,彼の後継者となったナーグデーヴが教団を率いていく様子が記述されているが,本年度の研究では,この資料をチャクラダル自身の言葉とされる『スートラパート』(その主要部分は,本研究の初年度に取り扱った)や,彼の言行録である『リーラーチャリトラ』などと付き合わせた。その結果として,ナーグデーヴが祖師チャクラダル・スワーミンの言葉を,大衆的なバクティの文脈に位置付けて,その後のマハーヌバーヴ派の理論的な基盤を体系化したことが明らかとなった。このナーグデーヴ以降,教団は祖師チャクラダル・スワーミンを最高神の化身の一人として崇拝するようになった。 そして本年度の後半には,サンスクリット語の『バーガヴァタ・プラーナ』や『ナーラダ・バクティスートラ』などを参照し,それらの思想が『スートラパート』の中にも色濃く反映していることを確認した。このことにより,チャクラダル・スワーミン自身の思想は,かなり正統的なヒンドゥー思想の影響を受けていることが明らかになった。さらに『スートラパート』の中には,かなりタントラ的な観念も見出されることから,チャクラダル自身がそうした思想的伝統の中にあったことが推察される。しかしそうした傾向は,ナーグデーヴ以降は見られなくなる。以上の研究から,サンスクリット的な思想潮流の土着化,大衆化のメカニズムを考察した。 これらの一連の研究の成果は,本年度に行われた印度学宗教学会と,インド・チベット資料研究会において報告された。
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