最終年度である本年度は、20世紀フランス・ドイツにおける思弁的翻訳論の射程をめぐる研究の総括として、第一に、翻訳における作品創設もしくは作品化の契機、第二に、翻訳における作品解体もしくは脱作品化の契機を考察した。翻訳における作品創設の契機に関しては、イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンの議論を参照しつつ、ハイデガーの芸術作品論における「作品化[Ins-Werk-Setzen]」という規定の意義を明らかにし、ハイデガーの思索がどれほど根本的に作品化の論理に貫かれているか、そして同時に、ハイデガー自身がいかなる方途によってこの「作品化」の論理から抜け出そうとしたかを考察した(「Ins-Werk-Setzen」)。他方で、ハイデガーの影響圏において翻訳論を展開したモーリス・ブランショによる、ヴァルター・ベンヤミンの翻訳論の読解を精査することで、翻訳における脱作品化の可能性を検討した(「言語と作品の生成について:『翻訳者の使命』を読むモーリス・ブランショ」)。以上の研究成果にもとづき、本年度は、現代イタリア思想の紹介・翻訳を精力的におこなっている岡田温司教授(京都大学)を招き、討論を行うとともに、また、西洋における「超越」の思考への批判と現代批評理論の可能性をめぐるシンポジウム(於東京大学)にて研究成果を発表した。
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