本年度は本研究計画の最終年度として、これまで積み上げてきた実証研究を、ナショナリズム研究における「汎イズム」の再検討という枠組みの中でまとめ、検証した。その結果、従来極端な膨張主義的・帝国主義的ナショナリズムの一形態とみなされてきた「汎イズム」には、時代状況と各地域がおかれていた条件によって、ヨーロッパへの抵抗思想や多民族の共生思想といった異なる意味があったこと、そして自己完結した「閉じた」ナショナリズムではなかったことを示す証左として、異なる地域間における交流・伝播が観察されることを提示した。 特に顕著な事例として、戦間期のロシア(ソ連)、トルコ、ハンガリーの、国境を越えて活動していた汎イスラーム主義者、汎テュルク主義者、ユーラシア主義者と、日本の汎アジア主義者の交流を取り上げた研究は、アメリカ最大のスラヴ・ユーラシア研究者が集まる学会「ASEEES」の研究大会で高い評価を得た。そこでは、「汎イズム」をグローバル・ヒストリーの枠組みで捉えなおし、活動家・思想家たちのネットワーク形成に着目した「ファッショナブル」な研究として評価された。この報告は、学会で寄せられたコメントや質問を反映させつつ、目下英語論文として執筆中であり、26年度中には英文雑誌に投稿する予定である。 この他に、本研究を進める過程で、ロシアとアジアの接触・交流から生まれた思想(イメージ)の変遷を押さえるという研究上の必要性が生じたことから、これまでの研究蓄積に即して、『ロシアのオリエンタリズム―ロシアのアジア・イメージ、ピョートル大帝から亡命者まで』の翻訳と、訳者としての解説を著した。
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