本研究の目的は、18世紀末のイングランドで「保守派」の立場から政治論を発表した女性思想家の存在を掘り起こし、その政治言説の分析を通じて、イングランドにおける「保守的啓蒙」の広がりとその内部の緊張を明らかにすることにある。 最終年度となった本年度は、フランス革命の勃発とともに1790年代のイギリスで始まった「フランス革命論争」の展開を見守りつつ、そこで見られた保守派と革新派のあいだの激しい党派的対立に懐疑的姿勢をとり、独自の立場から「党派精神」にとらわれない人間の知的活動の重要性を説いた女性教育論者、エリザベス・ハミルトンに焦点を当てた。ハミルトンの思想は、女性特有の義務を重んじる立場から、急進派の代表的女性論者であるメアリ・ウルストンクラフトの主張を批判するものではあるが、しかし同時に、保守派の代表的女性論者であるハナ・モアにたいしても、その党派的な姿勢をめぐりメタ・レベルでの批判をおこなっており、この時代の「保守派」女性の政治的立場の多様性を示すものといえる。 また、こうした個別的な研究を進めるなかで、昨年度に引き続いて、女性を担い手とする思想史研究の方法論的な検討もおこなった。もっぱら大学など高度な教育機関で思考や叙述の訓練を受けた男性思想家を対象としてきた従来の思想史研究においては、その思想の体系性、主張の包括性、先行する議論にたいする独自性などが評価されてきたが、男性とは異なる教育環境のもとに置かれた女性思想家を対象とする場合には、私的領域での経験や「公論」参加にいたるまでの個人的契機など、「生活者」としての独自の思想形成のあり方を丁寧に見ていく必要があることを確認した。
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