本研究は、近代における日本の伝統音楽の、演奏会を始めとする「演奏の場」の変遷を実証的に明らかにし、それにもとづいて伝統音楽が、文化的・社会的に大きく変動した時代においてどのように伝承を継続し、活動を展開させたのかという経緯について考察することを目的とした。 実証的な邦楽演奏会研究の端緒として、本研究では、箏曲を中心に演奏会記録を収集し、近代的家元制度の確立、「演奏の場」の西洋化、太平洋戦争のための芸術活動の規制、現代の「演奏の場」への道筋、の4点について考察を行った。 本研究は、1921年から44年まで発行された、邦楽雑誌『三曲』掲載の演奏会情報を主な資料とした。主だった三曲(箏曲・地歌・尺八)の師匠が購読・寄稿し、演奏活動の情報を寄せており、購読者が全国に渡っていた。 本研究では、『三曲』掲載の演奏会情報をすべて抽出して「『三曲』演奏会データベース」を作成した。演奏会が行われた地域は沖縄を除く全国、および満州、朝鮮等の旧外地が含まれており、総数は1万件にのぼった。データに基づき、前年度までに、東京での演奏家のネットワーク、旧外地での演奏状況、戦時中の演奏の場など、要点をしぼって考察を行った。 最終年度には、抽出した情報を演奏会の目的別に分類し、その変遷をたどった。考察の結果、研究対象とした1920年代から40年代にかけての三曲演奏会の動向は、4期に分類された。その一方で、この年代全体としては、明治期に萌芽がみられた近代的な演奏の場が定着し、演奏団体組織の充実と新音楽の台頭による多様な演奏会の広がり、社会情勢に応じた新たな演奏の場という特色をもつ、公開演奏会が発展した時期と結論づけられた。この成果に関して、学会での口頭発表および学会誌への論文投稿を行い、ホームページを開設してデータベースを公開した。
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